小説「時の流れの恐ろしさ」1話

飲み会の話題




同級生は本当にいいものだ。

この連中と騒いでいると、自分の心の中にあの頃のような子供がいるのを知る。

それに、それだけではない。

みんなももう三十になったのだから、馬鹿騒ぎだけではなく深みのある人生相談もできる。

卒業してからの人生を分かち合うことができるのだ。

みんなが同じく子供にも大人にもなれるだなんて、

高校時代という人生で最も感性が敏感になっている時間を共有した仲間同士だからこそできることだ。

会社の連中たちとの酒席とは全く違う自分になっているのが分かる。


申し分ない材料が揃った。これ以上の席はないはずだ。

何の利害関係もない古くからの仲間たちに囲まれ、時間も酒も話題も豊富にある。

今ならば普段の生活にはない高い次元の話をすることができるだろうし、

思い切り童心に返って騒ぐのもいいだろう。

どんな凄いレベルの言葉でも自然と口にできるだろう、

子供の翼を取り戻して大きく羽ばたくこともできるだろう、このかけがいのない今ならば。



――しかし、世界はいつもと何も変わらない。

酒席の上を飛び交う言葉ときたら、やはり女のことなのだ。

男が口を開けば、まず女。いつでも、誰でも、女の話。

結婚していようがいまいが関係ない。

既婚者の高田も、そして私も、女の話で盛り上がってしまう。


あぁ、男の単純さには嫌気がさすばかりだ。

男と男が面と向かって女の話をするとしよう。

何が聞き出したいかと言えば相手に女がいるかどうかだ。

聞きたがっていたくせに、

そいつに付き合っている女性がいると聞いただけで納得してしまう。

何を納得しているのか、何も納得しているわけがない。

その付き合っている女性がどういう人なのか、二人がどういう付き合いをしていて

何を共に求めて生きているかというところが肝心なはずなのに、

その辺りを詮索することは野暮だという理由により、

つっこんではいけないという雰囲気になる。

表面だけを触って話が終わってしまう。全くおかしな話ではないか。

それでは会話した意味がないし、お互いにとって何の進展もない。

だが、それが男同士の会話なのだ。

いや、人間同士の会話なんて大体そんなものだ。

所詮、程度に限度がある。

その例に違わず、この四人も順繰りに女がいるかを自分でぺらぺらと発表してゆき、

終いには私と高田も二人目の女がいるかどうかをつっこまれる。


さらに不思議なのが、付き合っている、あるいは付き合った女の数が

多ければ多いほどそれを男の勲章だと認めるような空気だ。

私は付き合っている人数が多いのは感心できないが、

付き合った人数が多いのはそれで良いことだと思っているが、

逆に少ないことを口にした時に向けられるあざけりの視線はあまり好きではない。

なんだろう、他の女性よりも自分が優位な場に立っているということを

証明したがる女性特有の見栄のことを私は内心では軽蔑しているが、

同じことを男もしているのだ。男女の別ではなく、人間としての醜さなのだろう。


女、女、女。顔を付け合わせれば女の話。

みんなSEXの魅力に取りつかれてしまっている。なんと、ごく普通の男らしいことだ。

この連中が普通の男たちだったらまだいい。

しかし、こいつらは違う。少なくとも、私にとっては違う。

あぁ、当時は無邪気という翼が生えていたこの同志たちも、

今や他の輩と何も変わらなくなってしまった。



昔はもっともっと夢あることで盛り上がった。

熱っぽい口調でそれぞれが好きな音楽の魅力を語り合った。

みんなで同じ推理小説を買って来ては最後の謎解きの部分を破り、

各自で読んできては最後の解決がどうなるのかの

推理を闘わせて殴らんばかりの気勢になった。

部活が終わってから校庭でする追いかけっこに時を忘れ、夜中に帰ったことだってある。

そんな素敵な時間を、まるで夢のような黄金の時間を過ごした少年たちでも

時の流れに飲み込まれることは避けられなかったらしい。

SEXしか考えることが出来ない頭の構造を持つのが男の宿命とは知っているが、

私は哀しくて仕方がない。





今や、私たち六人の世界はすっかり狭くなった。

追い討ちをかけるように、会話もいよいよ下らなさの佳境に差し掛かってゆく。

酒が進むにつれ、ますます盛り上がる女の話。

仲間内に限定される共通の知り合いの軽薄な噂話。

具体的な金額は口にしないが、もらっているちっぽけな給料の探り合い。

住んでいる街のどうでもいい話。乗っている車の自慢話。

説明されてもさっぱり分からないそれぞれの仕事内容。

――などなど、とても普通の話ばかりだ。

この得難い同士たちとするほどの会話ではない。

これでは会社の同僚たちとする話と何ら変わりがないではないか。

こんな貴重な仲間と、こんな恵まれた場所で酒を交わしているのに、

哀しいかな、いつまで経っても私の心を満たすようなことは

ちっとも話題にあがらないのだ。


ほとんどが、女の話だ。どうも、みんなもっとSEXがしたいらしい。

そして、他のみんなにももっとさせたいらしい。

自分だけするのが後ろめたいのでみんなにもなんとかさせようとしているようだ。

人間たるもの、SEXの引力に逆らえない宿命にあるということは私だって重々承知している。

種の繁栄の観点から見れば結構なことだが、

昔に輝く時間を分け合った奴等が

そんな通俗極まりない落とし穴にはまってゆく姿は正直見たくない。

思えばあの頃はまだみんな子供だったから、

独立した一人の人間としての生殖プログラムに操られることがなかった。

しかし、高校を卒業してそれぞればらばらに道を歩き始めた頃からだろうか、

私を含む全員が次第に狂ってきたのを目にするようになった。

それは大人になることの痛みであると私は解釈した。

遺伝子に組み込まれた生殖プログラムが作動して、男にSEXを強要するのだ。

毎日毎日同じプログラムに踊らされる運命を、

少年から青年へと進む過程でいつしか誰もが背負うことになってしまうのだ。


告白すべき事実がある。

卑下しているはずのその低レベルの会話に加わっている私自身は、

なんとその場を心から楽しんでおり、その場の一員として周囲へ見事に溶け込んでいる。

つまり、私も男と生まれたからにはSEXの引力にどっぷり漬かっている。


昔の仲間たちと一緒にいるという安堵感からくるものだろうか。

確かにこの同窓会でいつもより盛り上がっているのは、

周りの全員が気の置けない仲間だという所が大きいと思う。

確かにそれはある。

しかし、さらに告白すればこういう低レベルな時間を楽しむ自分は今だけでない。

初めから下らない大人同士として出会った会社の連中と行く席でも、

こういったつまらなさを楽しんでいる己がいた。

すると、私は常に低レベルの話題に鼻の下を伸ばして加わっていることになる。

これはどうしてだ。


自分だけは特別だと言うまやかしにしがみついているから悪いのだ。

元々の発想を変えてしまえばいい。

所詮、人間はクズだ。一人一人は雑魚だ。

私はクズな集まりのうちの、一匹の雑魚でしかない。


人間の限界には大したことがない。

何年、何十年かけたとしても空は飛べない。

努力したところで一番の理想は叶わない。

何十年も同じような日々の営みを繰り返すだけ。

SEXの罠から逃れることはできない。

どれほどの偉業を成し遂げても、一生せせこましく働き続けなくてはならない。

争うのはいつも同じことが原因で、根本的な解決が全然できない。


遥か彼方の太陽に、己のすぐ隣にある毎日のリズムを左右される。

いくら心身を鍛えようとも不老不死にはなれない。

食べては排出し、また食べては排出する。

時間を重ねたところでプラスの方向に成長するとは限らない。

小さく前には進むが、人間という枠を飛び越えることは絶対に不可能だ。


せめて酒に酔い、刹那の時を笑って過ごそう。

決して逃れられぬ死を前にしても、

無駄なあがきを醜く続ける囚われの身が人間の本性だ。

人間はあくまでも人間、それ以上ではない。

私もその程度の知れた人間であるところの一人である。

無知なことと真面目なことは笑い飛ばし、分からぬことと面倒なことは職業的微笑みに隠し、

隙を見つけて大酒を飲んでしまった者勝ちだ。


飲め!飲め!せめて生きているこの時に狂え!

人間は何様でもなく、私は何者でもない。

ただの宇宙のかけらだ。道端に投げ捨てられたゴミだ。

どうしようもないなら酒に狂ってしまえ!



「――そういえば森ちゃん、二年の夏合宿で肝試しをやった時にさ、

驚かす役になったのをいいことに女子トイレに隠れて驚かしてた!

変態だよな〜。みんなびっくりしてたけどさ〜」


いつの間にか気まぐれが起こり、話題は昔話に移っていた。

ようやく実りのある内容で場が盛り上がる。


「高田だって夜、合宿所を抜け出すのに廊下で足音を立てちゃいけないからって、

匍匐前進をしてたら結局先生に見つかって三十分も正座させられてやんの!」


森ちゃんと高田が張り合っている。

二人が顔を合わすといつもこんなエピソードで争っている。

しれっとした高田と対照的に毎度必死になる森ちゃんのリアクションが楽しい。

「違うね!森ちゃんと青田が一緒にいたからさぁ〜

俺は二人を逃がすのに必死だったわけさ。

俺が犠牲になったんじゃないか。

嫌だねぇ〜人の優しさを素直に受け入れられない奴って。

あ〜やだやだ。あぁ〜いやだ」

「なんだっ!可愛くない!このっ!」

照れたのか顔を真っ赤にした森ちゃんが高田におしぼりを投げつけた。

すぐに高田も投げ返す。みんなは大爆笑だ。

どさくさに紛れて横からみんなも森ちゃんにおしぼりを投げつけ始める。

「ウがっ!」

投げつけられたおしぼりが顔に張り付いて、森ちゃんが大きな奇声があげる。

近くの席に座っていた人たちが一斉にこっちを見た。

変な声を聞きつけた店員がやってきて、みんなを白い目で睨んだ。

こういう時、このメンバーがするリアクションは決まっている。

ほら、周りを見ると、みんながみんな

どこか遠くを見て知らんぷりを決め込んでいるではないか。

誰も声を発しない。

そんなみんなの早替りを見て店員も注意するタイミングを逸したと思ったのか、

口惜しそうに奥にひっこんで行った。

――がっはっは!!

店員の姿が消えると、たまらず途端にみんな吹き出し始めた。

「森ちゃ〜ん!」

「なんだよ、『ウがっ!』って!」

「スゲーな、みんなこっち見てたぞ!」

集中攻撃を受けて、森ちゃんのやや禿げつつある額に汗が滲んできた。

耳が真っ赤だ。

「おっ、オマエら静かにしろよ〜。みなさんに迷惑だろ〜。

大体さ、日高が悪いんだよ、そんなマッチョになっちゃっているから〜」

森ちゃんがよく分からないことを必死にしゃべりだした。

高田が隠し持っていたおしぼりを投げつけて、見事森ちゃんの額に貼り付いた。

「グわっ!!」

凄い奇声がまたあがった。

「クレイジーだ」

「ミラクルだ」

「熊でも出たか」

ますます耳を赤くした森ちゃんが、店員が来ないかと周りを見渡している。

みんなその姿を見て、巣穴から出て来て周りを見渡す

プレーリードッグの新種だということで意見が一致した。

「大体さ、石だって缶蹴りしてて部室の上から飛び降りてくるのはおかしいよ!」

森ちゃんが照れ隠しで急に私にからんできた。

「あれはさー、丁度飛び降りられそうな高さの部室だったから、

わざわざその下に缶を置くように仕組んだんだよ。作戦だよ、完璧な作戦!」

「あれはやられた〜。あのせいで俺、みんなに水風船ぶつけられる罰になったし」

「水風船!あれは最高だった〜。

でも森ちゃん、一番でっかい水風船キャッチするんだもん。

そうだ、確か日高が投げ返されてもろにくらったんだ!」

「そう、そう!まさかキャッチできると思わなかったけど、何故か割れなかった。

俺って何故か水風船のキャッチが上手かった!

お〜し、これは今度バーベキューする時に水風船投げだな〜。」

あっという間にご機嫌になった森ちゃんがそんなことを言い出した。

「九月のバーベキュー?いいね〜。勝負しようぜ〜」

楽しそうなので私も賛成する。

「俺もやる!今度は中にマヨネーズでも詰めてやろうぜ!」

日高がそんなことまで言い出した。

これはもしかしたら、現実となるかもしれない。

こういう話の大半はその場限りだが、これはいけそうな気がする。

本当だったらたまらなく嬉しいよ。

まだみんなに当時の少年の心が少なからずとも生きているということなのだから。

「みんな、スペシャルゲストだ!!」

トイレに行っていた山が携帯を握り締めて走り込んできた。

「スペシャルゲスト?野球部の大森でも来るのか?」

ご機嫌の日高が、冷やかしで山を遊んでみる。またまた大爆笑。

野球部の大森という奴は当時山が好きだった娘を先にGETしてしまった、山の天敵だ。

「違うっ!あと少しで凄いゲストが来るぞ。

俺達の同級生だけど、みんな知らないだろうな〜」

山はなんだか嬉しそうにそんなことを言った。

でも、みんな酔っ払っているから全然話を聞いていない。

バラバラに騒ぎ、それぞれで酒の場を謳歌しているのだ。

山の言葉は馬鹿騒ぎの中に消えていった。


あぁ、世の中の単調さに対する私の失望にはつくづく根深いものがある。

山の嬉しそうな顔を見て、私は暗い心の反論を始めてしまう。

誰が来たところで同じだ。何も変わりはしない。

そう、決して変わりはしない。

ただ、この場をもっとやかましいものにさせてくれるだけ。

誰だろうと同じ、知ってようが知っていまいが関係ない。

だから、この馬鹿騒ぎに参加してくれる奴なら悪魔だろうとも大歓迎だ。

うるさく騒いで場が盛り上がればいい。

正体のない人生、理屈は要らずこうして瞬間を楽しむことができればそれでいい。

一緒にこの低レベルな一瞬の快楽を楽しもうではないか。

酒に飲まれて、どうにでもなれ。

所詮、人の日常などアルコールに支配されているのだ。

何もない、何でもない。

手作りのささやかな毎日には嫌気がさすから、

酒の魔力を借りて賑やかな幻想の世界に飛び込んでしまうのだ。

来るべき処刑を前にして、狭く汚い待合室で隣り合わせた者同士、

一瞬の快楽を分かち合う――それを美化した言葉を「人生」と呼ぶ。

大前提としての死があり、制限内でいかに下衆な小益を稼ぐかなのだ。

所謂、人生を「有意義」に過ごしたいのならば、

ちょこまか走り回って道端に落ちているエサをかき集めればいい。


頭が痛い。脳の片隅にぶら下がっている良心が、私の一番深い部分を責めたててくる。

その良心のイメージときたら、か細い声で弱々しい訴えしかできない非力な紳士であり、

単体の攻撃は握り潰すことも可能なぐらいに非力なものだが、

根元を押さえられては少々やっかいだ。

全身に点在している小さな良心どもにその影響が走り、

折角の酒の最中で私は少しばかり善の心に迷い込む。

黙れよ!黙ってくれよ!

私は今、人生の本質に酔っているつもりなのだ。

満たされるだとか、意味があるとか、

そんな奇麗事ばかり考えるから毎日を楽しむことができないのだ。

逆にこうして今ある瞬間瞬間を楽しんでしまえば、

それだけで人生は幸せだと感じることができるではないか。

それを積み重ねることで、人生は楽しいものだと最後に断言できるだろう。

どうか、もう私を自由にしてくれ。これ以上頭を抱えさせないでくれ。

姿形が美しかろうが醜かろうが、私が幸せだと感じたのなら

それが私にとっての真実だろう?

酒を飲むたび、途中でこんな想いに駆られ続けてきた。

いつもそうだ、いつも私は楽しそうな表情の裏でこんな矛盾を抱えていた。

不要!不要!不要!

そのくせ他のことに気を取られれば何のことはない、

この小さな悩みは溶けるように消えて無くなるのだ。

あぁ、もう充分だ、もういいだろう。

気になどせず、毒のない馬鹿話に夢中になろう。それで全ては解決する。


私は勢いで目の前のグラスを飲み干し、無理矢理みんなの会話に入ろうとした。

左右で交わされている内容をつかみ、気の利いた茶々でも入れてやろうとしている時、

私の目の隅にどこかで見憶えのあるシルエットが映った。

堕落し切った頭、アルコールに麻痺していてもすぐにそれと分かる。

十数年を経ても記憶は蘇る。

間違いない、どれだけ時の空白があろうとも、

目にするのがたったの一瞬だろうとも、生きている限り私が間違うことはないだろう。

こちらへと歩いてくるシルエットはあの日の少女のものだ。

途端に酔いは覚め、忘れられない過ぎし日の思い出へと私は心を飛ばしていた。



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