小説「時の流れの恐ろしさ」1話

時の流れの恐ろしさ




時の流れは恐ろしい。

渦中にある時には気が付かないが、間違いなくそれは押し寄せている。

今日という一日、昨日という一日、一日一日はあっという間に現れては消え、

自分を取り巻く環境に何の変化ももたらせていないかのように見える。


しかしその正体ときたらどうだ。

一日ぐらい、ほんの一日ぐらいという油断に乗じて時の流れは確実に浸透し、

いつしか決定的な壁を築き上げている。

この世に奇跡や永遠という超越的な概念を体現しているものがあるとすれば、

それは時の流れのことではないだろうか。


そうだ、時の流れは奇跡だ。人を超え、自然を超え、あらゆるものに影響を及ぼす。

世界を牛耳るこの絶対的な権力者は、実体を見せないだけにいよいよ無敵の観がある。

形なくして無の極地にあり、声も手足も持たずに現実の世界を一変させる力を持つ存在だ。





一方で、時の流れは万能の薬とも呼ばれる。

流れる時が全てを変えてしまうというが、何もそれは悪い方向にだけではない。

主に良い方向に、時として悪い方向に、

そして大部分は良いのか悪いのか分からない方向に姿を変えてゆく。


あなた自身の深い心の傷を思い出してみるといい。

どんな悪夢でも時間さえ経ってしまえば、忌まわしい記憶は薄められていることだろう。

心底に刻み込まれた傷を癒すのに、時の流れ以上の薬はないのだ。


平和な毎日の静々とした時の流れが穏やかだと言うのは嘘だ。

あいつは鬼だ。あいつは破壊王だ。

あいつには容赦がない。大胆どころか、徹底的に世界をかき回す。

一日一日の、晴れやかで愛想の良い顔立ちに騙されてはいけない。


数ヶ月が過ぎれば環境が違う。数年が重なれば世界が変わる。

数十年が積もれば別の人生だ。

緩やかに運ばれているかのような仕事の裏で、ことは非情に行われている。

あいつは、そういう奴だ。


時の流れだけは、何者も否定することができない。

どんな猛者でも、どれほどの偉人であろうとも、

自分が時の流れに弄ばれながら生きることに甘んじてきた。

例え今、己がその脅威に振り回されていると気が付いていても、

見て見ぬ振りをし、時の流れの逆鱗に触れないように音を静めるしかない。

時の流れに対する人間の抵抗とは、所詮その程度なのだ。


平凡を装う非凡な能力。壁は薄いように見えて、どうしようもなく厚い。

誰もが跪く、時の流れの恐ろしさに――。



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