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帰る場所 小説「変身願望の女」5話

投稿日:2010年3月10日 更新日:




ケンとは本当に連絡をしないままだった。

メルアドも伝えていないし、着信拒否しているから、ケンからは連絡も取れないんだけど。

以前は、ケンからの連絡に対して、回数が少ないとか、

もっと長くおしゃべりしたいとか、そんな不満ばかり私は口にしていたよね。

でも逆にこうして連絡をこばむと、連絡をくれること自体が優しさだし、

私への想いだって分かってくる。

思えば、ケンに求めてばかりいないで、自分からケンに何かを与えること、

それが大事だったんじゃないかな。

足りないって言うなんて、まったくおかしいよね。

私がケンに言うべき言葉は、「いつもありがとう」のはずだったのに。

ねぇ、ケン。

ようやく私、自分のことが自分で好きになりかけているみたい。

どうしようか、迷うよ。

もうケンに逢える?

いいえ、まだ早いかなぁ。

まずは自分を試してみたいから、いざなぎさんに行こうと思った。

仕事帰りのいざなぎさんは本当に久しぶりだったけど、もちろん何も変わっていない。

おみくじを引いたら、何が出たと思う?

大吉よ、大吉。

う~ん、ちょっと違うな。

私は大吉のおみくじをさっさと小枝に結んで、いざなぎさんを立ち去った。

最高のLuckなんて、今の私に相応しくない。

だから、大吉を転機にする気持ちなんて少しも起らなかったじゃない。

まだまだ私は修行が足りない。

次は何をしようかな。

職場の仲間にチーズケーキ焼きを教えてもらおう。

般若心経を読んで心の鍛錬を、江戸春画で昔の人たちのエロスを知ろう。

あと、星座をひとつふたつ覚えて、夜空を語れる女になろう。

公園に咲く花の名前を当てられる女性なんて素敵じゃない?

私自身にどんな変化を見つけられれば、ケンに逢いに行けるのかな。

もっとネイルが上手になったら?

もっと堂々と、お寿司屋のカウンターで中トロを注文できるようになったら?

まさか季節の花の移ろいを言い訳に、桜が咲いたから、

紅葉が色付いたからってケンにメールできるわけじゃないし。

確かな目印のない旅に出ている私ね、でも私は心に決めていたことがある。

翌週、いざなぎさんでおみくじを引いたけど、今度は中吉、だから、それじゃダメなの。

また私はやり直しみたい。

次は宴会芸のための手品を覚えたり、熱血教師のテレビを見て号泣したり、

思い立って甲子園球場で阪神タイガースのゲームを見たり。

お気に入りのカフェも見つけてね、別荘地の丘の上にあるそのカフェで、

海に沈む淡路の夕陽をぼーっと眺めたりして。

お金をかけて全身エステも行ったし、見えないお洒落をしようと下着をみんな新調した。

ベルギーの高級チョコの食べ比べをしていたら、

母親に「ストレス?最近お金の使い方が荒いんじゃない、あなた?」と心配された。

まだまだ自分磨きの道中は続くよ。

自分自身が輝くのを感じるまで、ケンに相応しい女になるまで。

今まで地味に貯めていたお金はだいぶ使ってしまったけど、

買い物依存症ではなくて、自分への投資へのつもり。

大金を使う時、小心者の私だから、心に痛みを感じるぐらいだもん、

いつか「その時」が来たらまた地味な生活に戻るのは簡単にできるはず。

自分を探す旅に出て、半年が過ぎた頃。

3度目のいさなぎさん、会社帰りの天の声を聞こうと思った。

期待もせず、緊張感ゼロでおみくじを振ると、吉が出た。

吉。

小吉と中吉の間。

凶でも大吉でもなく、目立って悲しくも嬉しくもない。

不思議な感覚が、私を包むのが分かった。

なんだか、納得できるって思ったの。

私の新しい出発には、凶も大吉は出来過ぎでしょう。

せいぜい、些細な幸せから始まるのがお似合いなの。

誰もいないいざなぎさんの境内に座る。

風になびく森の穂先が、いつもよりも少し色を増した音を伝えているように思えたの。

吉から再出発する私も、ありかな。

泣いたり笑ったり、感情をフルに使って過ごした半年間、

前に進んだのか戻ったのか、よく分からなくて、進んだとしても

本当に一日一ミリが精一杯だったけど、後向きでなければまぁよし、って自分を認めてあげたりして。

ようやく、その時が来たようです。

いざ、凪ぎ尽くした私の心、自分のことを好きになり始めた今だから、

ケンにも最高の愛を伝えることができると思う。

壁を乗り越えて新しくなった私よ、もうケンの連絡にすがって過ごす、

みじめな生活ではないから。

数カ月もケンに連絡が取れないのは苦しかったけど、

自分に自信を持ち始めた今、ようやくケンに飛び込んでいける。

だから私は、ケンにメールを送るわ。

ずっと待っていた、ようやく書けるこの言葉の重みを、ケンは受け止めてくれるかしら。

「ケン、ただいま~♪色々経験して、ようやく自分のことが好きになれました!

ケン、やっぱり私はあなたが大好き。

ねぇ、まだ私の帰る場所はありますかo(≧∇≦o)!」







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