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文醜 三国志小説「夏侯覇仲権」10話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




夏侯淵の陣には子雲と仲権も随軍していた。

十八になった子雲も十七の仲権も、もう立派な一人の武人である。

戦場で沢山の敵を斬ってきた。

今は夏侯淵軍の一部将としてそれぞれ一隊を率いて後陣の右翼と左翼を務めていた。

顔良の突撃を受け、既に夏侯淵軍は前陣を突破されていた。

前軍の夏侯惇が若干勢いと取り戻して挟撃する構えにはなっているが、明らかに分が悪い。

必死に兵を励ます夏侯淵の怒号が一層大きくなっている。

ふと、仲権の横を一頭の赤い馬が疾風のような速度で駆け抜けていった。

馬上の人を見れば顔は棗の如く紅く、長い髯を戦風にたなびかせている。

身の丈九尺(約二百十六cm)、

手に持つ八十二斤(約十八kg)の青龍偃月刀は並外れて大きく、

威風堂々、味方であろうとも見る者は魂を飛ばしてしまうであろう。

その乗馬がまた逸物である。

真っ赤な全身は、たてがみまでが燃えるように赤い。

放たれた矢の速度で、大地を駆けている。

関羽を主としたことで赤兎馬は変わった。

呂布を背中に乗せていた時は、全てを外部から力任せに破壊する鬼馬だった。

しかし、今は内部から崩壊させ、加えて外部を炎で焼き尽くすかのような馬神になった。

仲権は言葉を失った。

許都で幾度も関羽を見かけたが、今の関羽はまるで戦場に降り立った人龍である。

真っ赤な炎に身を包んだ赤龍の様であった。

夏侯淵軍と戦っていた顔良軍の兵士たちは恐ろしい光景を見て呆然とした

たったの一騎、共も連れずに突進してくる者がいる。

その赤い炎の勢いに驚いて、思わず目の前の槍を忘れた。

近付いてきたその一騎から、凄まじい大音声が発せられた。

意味を持たない声。気合である。

その声がまるで怒り狂う赤い奔馬から発せられたかのように思えて、腰が砕けた。

顔良軍の兵士たちは、その馬が通る道を易々と空けたのである。

道は顔良の目の前まで真っ直ぐに開けた。

顔良までもが驚いている。

ようやく大剣を構えようとしたが、顔良は距離感を誤った。

赤兎馬の速度はあたかも飛ぶが如し。

あっという間に顔良の身体へと青龍偃月刀が繰り出され、

鎧を断ち切る壮絶な音がしたかと思うと、顔良の身体が地面に激しく叩き落されて動かなくなった。

赤兎馬から降りた関羽は顔良の首級を挙げる。

髪の毛をわしづかみにして大音声で勝ち名乗りあげた。

「顔良死す!我は関羽なり!!」

赤兎馬に跨って曹操の元へと帰る関羽の姿に、両軍共に静まり返って声もない。

しばらくして曹操軍の追撃が始まると顔良軍は潰走した。

関羽の活躍はこれだけではなかった。

続いて現れた双虎将軍の片割れ、文醜をも討ち取ったのであった。

二枚看板の両大将を失った袁紹は白馬からの撤退を余儀なくされた。

白馬の戦いはこうして関羽一人の功績によって幕を閉じたのであった。

この白馬での戦功により、曹操軍の将軍たちの関羽を見る目は一変していた。

誰もが認めざるを得ない活躍をした関羽を悪く言う者はいなくなった。

いや、今度は誰もが関羽の偉業を大いに賞賛した。

曹操と程昱の目論見は外れた。

確かに、顔良と文醜を斬ったのが劉備の義弟関羽だと聞かされた袁紹は

怒って劉備を斬ろうと迫ったが、劉備は持ち前のしぶとさを発揮して言い逃れをした。

これは自分と袁紹を仲違いさせるための曹操の策略だと主張し、

もしも本当に関羽本人であったのなら自分がこちらに呼び戻すと袁紹に誓った。

根が単純な袁紹は、顔良と文醜を失っても代わりに関羽一人が味方につくならばよいと喜び、

劉備の処罰を不問にしたのである。

曹操軍は許都に凱旋した。

夏侯惇は官渡に留まって袁紹軍の動向を探る任務を命じられる。

淵は都に戻ったが子雲と仲権は惇に従った。

子雲も仲権も、白馬での関羽の武威を目の当たりにしていた。

二人には初めて衝撃であった。

戦は軍と軍とで戦うものであるが、次元を超えた武の持ち主がいれば

たった一人の力で決着がつくこともあるのだ。

惇ですら驚きの言葉しかなかった。

典韋は既に戦死してたが、許褚・徐晃・張遼なども抜群の武人であり、

自分自身や淵も名だたる勇将であることは間違いない。

だが、関羽の技はその範中から大きく跳び抜けている。

単身敵軍に乗り込み、敵兵を一人も蹴散らすことなく敵将の首だけを取ってくる。

それも相手は顔良や文醜だ。誰にできることではない。

曹操軍でも常に筆頭の将軍である惇ですらそう思ってしまうほどの出来事であった。

呂布にはできない人間力。惇にはできない武力。

関羽とは一体どれほどの男だというのか。

子雲は遠目にしか見ていなかったが、

顔良の首を持って敵陣から静かに引き上げてくる関羽の姿に人間を超越した姿を感じていたと言う。

それを聞いた仲権は大きく頷いた。

今までは英雄曹操にしか感じなかったようなこの感じ。

仲権は思わず口にしていた。

「龍だよ、子雲。僕は人龍だと思う」

それを聞いた子雲は、探していた言葉に辿り着いたような顔をした。

「人龍か。そうだな」

「なにか、関羽は地上に足をつけている人間とはどこかが違う気がするんだ」

本音のつぶやき。

「――うん。あれは、何なんだろうな、仲権」

「――さぁ。きっと僕たちには分からない。考え方が根本から違うんだよ」

「呂布よりもずっと強い。あの武は内面に支えられているからこそだぞ」

仲権は人龍の強さの源に思いを馳せていた。

夏侯惇、夏侯淵、そして曹操。加えて、最近知った関羽という男。

自分が知らないだけできっとまだまだ他にも人傑はいる。そう思った。

袁紹は大人しく冀州へ引き上げていった。

夏侯惇は引き続き白馬の守備に当たる。子雲と仲権もそのまま軍に留まった。







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