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関羽千里行 三国志小説「夏侯覇仲権」10話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




そこへ、許都に戻った淵からの知らせが届く。

内容を聞いて子雲と仲権は愕然とした。

白馬の合戦中に弟の夏侯恵稚権と玉思が誘拐されたというのだ。

従者を連れて兗州南部まで薪と山菜を取りに出かけていた二人が

いつまでも戻らないので家族が心配していたところに、ある日二人の安全を伝える知らせが届いた。

途中で流賊に襲われていた二人を救った男からだという。

その男の名は張飛益徳。劉備三義兄弟の末弟であり、あの関羽の義弟である。

子雲の心は乱れに乱れた。張飛といえば、荒くれ者で知られる男だ。

そんな乱暴者が子供をいたわる心を持っているとは思えなかった。

まだ十一になったばかりの稚権は武芸よりも書物を好む性格で身体つきも細い。

手荒な扱いを受けたとしたら耐えられないだろう。

まだまだ子供とはいえ、十四になって身体つきにも

女らしさが出てきた玉思は何もされないだろうか。

張飛は剛勇だが、粗野な人物だと聞く。

あぁ、玉思に何かがあったら自分は正常ではいられない。

仲権の心も同じである。玉思は眩しく輝く太陽である。

夏侯家に差し込む唯一の太陽であった。

そして、自分にとっても唯一無二の女性になっていた。

妹ではあるが血は繋がってはいない。

それを知ってからは、玉思を想う気持ちを止めることできなかったのである。

二人には思い当たる節があった。

白馬の戦いに出る前に、二人は玉思とたわいのない約束をしていた。

どちらが大きな手柄をあげるかを競ったのだ。

玉思は勝った方に手料理を振舞うと言った。

練習のための茸を取りに山に行ったかもしれない。

そうなれば責任は二人にある。

そう思った子雲と仲権は冷静でいられず、惇に打ち明けた。

惇もまた、玉思を心から愛する夏侯家の一員である。

家長として、大切な一族の人間が奪われたことに憤慨していた。

ましてや、その相手が張飛である。

曹操の子飼いの将である惇は、新参者の関羽が特別扱いされることを快く思っていなかった。

逃亡や離反を繰り返す劉備のことは生理的に大嫌いだった。

その義弟である張飛が家族をさらったと聞いて、どうして怒らずにいられよう。

怒りは頂点に達していた。

顔を真っ青にしてことの次第を告げてきた子雲と仲権に対しては何も思わなかった。

そんな理由はどうでもよい。

夏侯家の一員と知った上でまだ二人を返さない張飛が許せなかった。

賊に襲われたところを助けたなどと恩着せがましいことを言い、

あの張飛は二人をそのまま奪い去った。

確かに、理屈は通用しない時代である。しっかりした保護をしなかった惇や淵に責任がある。

そこへ許都にいる蔡陽という将軍からの伝令が届いた。

関羽が曹操の元を離れて冀州へと向かったというのだ。

劉備が袁紹の元にいると聞きつけた関羽が、遂にあの不条理な約定を行使した。

惇の怒りは限界点を越えた。

曹操の心をあれだけ惑わせ、通常ではあり得ないほどの知遇を受けた関羽が、

その恩を忘れて曹操と袂を分かとうとしている。

しかも、現在敵対している袁紹軍にいる劉備のところに行こうというのだ。

惇はすぐに決意を固めた。関羽を行かせてはならぬ。

あれだけの武将が袁紹軍については、曹操軍は危うい。

どうにかして食い止めなくてはならぬ。

「――孟徳、貴様は誤ったぞ!関羽は生かしてはおけぬ存在だ!」

早速惇は兵を集めて白馬を出発した。関羽の行き先は分かっている。

冀州へ向かい黄河を渡ろうとすれば、否が応でも船着場である平陰の町を通らなくてはならない。

平陰には惇の部下であり、蔡陽の甥である秦琪がいる。

平陰から黄河以北は現在曹操の支配圏外であった。

平陰で待ち伏せれば必ず関羽と遭遇することができる。

惇は急いで平陰へと向かった。

もっとも、その軍中に子雲と仲権が紛れ込んでいることまではさすがの惇も気が付かなかった。

関羽は鉄の意志を貫き許都を離れた。

曹操から受けた恩は、一生かけても返せるものではない。

顔良や文醜如きを斬っただけでもう己の責務を果たせたとも思っていない。

曹操には命を救われているのである。

もしもあの時、曹操が投降を受け入れてくれなったら関羽は討ち死にを遂げていただろう。

劉備の家族の安否もどうなっていたのか分からない。

その恩は十二分に承知していた。

それでも、関羽は曹操の元を離れることを選んだ。

曹操の配下として長居するつもりはなかった。

いくら曹操が厚遇してくれようとも、関羽の心は常に劉備と共にあった。

関羽は最初の機会を逃すまいとしていた。

約束通り劉備の行方が分かり次第許都を離れる。

それも、最初に分かった時にだ。

このまま許都に居続けることで劉備への忠誠心が揺らぐとは微塵も思っていない。

だが、様々な義理をつくってしまい

、いざ許都を離れようとしても離れずらくなってしまうのは嫌だった。

己で言い出した約束に二言はできない。

劉備の居場所が分かり次第、赤兎馬で劉備の元に駆けつける覚悟であった。

曹操は関羽の様子を物見に探らせていた。

そして、関羽が劉備の居場所を知ってしまったことを悟った。

あぁ、天下の英雄もこの時ばかりは童子に返る。

丞相府まで最後の挨拶に訪れた関羽に対して、曹操は居留守を決め込んだ。

張遼までもが病気と称して面会を謝絶した。

悪意からではない。ただ関羽を失うのを避けたいという一心からである。

やむなし、と判断した関羽は置手紙をして許都を離れた。

関羽出立の報告を受けた曹操は、断固連れ戻すべきと主張する幕僚たちを退け、

自ら関羽の後を追った。最後の別れを言うためである。

曹操は居留守を使ったことを謝り、関羽に路銀を与えた。

もしも関羽の表情に迷いがあれば、引き止めるつもりでいた。

しかし、関羽にそんな様子は全く見られなかった。

殺すにはあまりに惜しい人物である。

曹操は悩む。

ここで外地に関羽を放ってしまえば、いずれは巡りに巡って己に害をもたらすに違いない。

そうは知っていても、曹操は関羽を行かせたかった。

曹操軍の総帥としての責務よりも、一人の人間としての感情が勝っていた。

関羽に赤兎馬を与えたときと同じ気持ちである。

美しい存在の灯を消したくないという詩人の心であり、

天晴れな武人の意思を最後まで遂げさせてやりたいという武人同士の共感でもある。

曹操は関羽を温かく送り出すことにした。

鵬は、籠から放たれたのである。







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