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劉備義兄弟 三国志小説「夏侯覇仲権」12話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




翌朝、子雲と仲権は稚権を連れて山砦を出た。

張飛は三人に護衛をつけて許都まで送ることにした。

山砦の門には張飛と、三人の後姿に最後まで手を振る玉思がいた。

子雲と仲権の胸中はいかなものであろうか。

愛し、崇拝した太陽を自分以外の男に任せる人生。

その始まりの瞬間を迎えようとしていた。

武人としての己の役割、曹操軍の一員としてはこの張飛を含む劉備を討伐する役目がある。

その役割を追求すれば、愛する玉思を不幸に陥れることになる。

かといって玉思を優先させれば、武人として義を欠かすことになる。

愛している。愛しているのだ。

もう幼い心で思っているだけではない。

一人の大人の男性として玉思のことを愛しているのだ。

その胸の苦しみをかき消したい。

だが、今は言葉にすると玉思を傷付けてしまうばかりなのだ。

言い出せるものではない。二人は同じ想いであった。

己の本当の気持ちは口に出せない。誰にも伝えることはできない。

しかし、子雲にはこの世にたった一人、それを打ち明けられる相手がいた。

同様に、仲権にとっては唯一己の正直な気持ちを打ち明けられる相手がいた。

すなわち、子雲にとっては仲権、仲権にとっては子雲である。

これが今生の別れだと思い、二人は玉思に手を振った。

きっともう逢えないだろう。

曹操軍と劉備軍という立場に分かれた以上、

仮に再会できたとしたらそれはどちらかに大きな悲劇が起きた後だ。

幸せな家族の一員同士としてもう逢うことはない。

愛する女性とはこれで永遠のさよならだ。

平頂山をとぼとぼと下る道の途中で、誰にも聞かれず二人はこう言葉を交わした。

「――なぁ、仲権よ。覚えていてくれ。

俺にとってはいつまでも玉思を守り続けることが人生だ」

「――それは君だけの人生ではない。いいか、それが僕たちの人生だ」

この言葉を二人は生涯守り続けることになる。

互いの心根を知る唯一の存在同士で交わされた人生の約束であった。

なんと虚しい帰り道であろう。

張飛と玉思の契りを表面化させてしまったのは自分たちの身勝手な行動ではなかったのか。

それとも、起こるべくして起こったものと思って良いのだろうか。

玉思を祝福したい。幸せになって欲しい。

だが、今は素直にそれができない。

愛しているのだ、愛しているのだ。

――あぁ、子雲と仲権の間にもう言葉はない。

ただ悩み、苦しみ、若い二人は許都への帰路に着いた。

平頂山に集った二匹の人龍は遂に汝南で劉備と合流した。

こうして三人の義兄弟は再集結したのである。

劉備の不屈の魂がもう一度命を繋いだ。

北の袁紹と再び戦を起こした曹操の留守を狙って劉備は旗を揚げたが、

袁紹に本気で戦をする意思がないことを悟った曹操は急遽南下して、劉備を襲った。

劉備は散々に打ちのめされ、南の劉表を頼って亡命する。

人龍も、英雄も、張飛の気持ちも、そして玉思も、全てが大きな流れの中へ飲み込まれていった。

その戦いにも随軍していた子雲と仲権にとっては、

もう何が正義で、誰が強いのかが分からなくなっていた。







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