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鄴城 三国志小説「夏侯覇仲権」13話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




「――審配!何処だ!」

大広間に入るとそこに護衛兵や将校の姿はなく、目指すただ一人の将がいた。

審配である。

両手に刀を持ち、ひとつを夏侯恩に向け、もうひとつを己の咽喉に当てている。

自分か相手か、どちらかを殺すという意思表示だろうか。

審配は目の前に現れた夏侯恩に視線を流すと唾を吐き、大声でわめき散らした。

「なんだ!貴様如き若造では死ぬに死ねん!おい、徐晃を連れてこい、徐晃を!」

「俺は夏侯惇の弟で、曹丕親衛隊の夏侯恩だ。俺では不足か?」

審配はまた唾を吐いた。

「駄目だ!駄目だ!!

俺の最期は徐晃の大斧で真っ二つにされるぐらいが相応しい!

雑魚の弱剣に討たれてしまってはこの審配様の名に傷がつくわ!

徐晃を呼べ!許褚でも良いぞ!」

大きく唾を吐く。続けてまくし立てた。

「貴様、聞いているのか?!片目の兄貴は汝南にいるそうだから無理だな。

早くしろ!俺は逃げんからさっさと徐晃を連れて来い!」

好き勝手言い放つと、審配はまた唾を吐いた。

「おい、審配!貴様は心得違いをしているぞ!徐晃の斧よりももっと貴様の死に相応しいものがある!」

そんな夏侯恩の言葉を、審配は一笑して唾を吐いた。

「餓鬼が!何を分かったような口を利く!」

夏侯恩は呼びかけ続けた。

言葉とは裏腹に審配が興味を引かれたと感じたからだ。

「貴様は曹丞相という大河を知らぬ!よいか、世に袁紹親子しかいないと思うのは誤りだぞ!

死出の土産にこの世の英雄を見たいとは思わぬか?!それから死んでも決して遅くはないぞ!

この夏侯恩、貴様を間違いなく曹丞相の元へと届けよう!」

頬に皮肉な笑いを浮かべると、審配は若者を見つめた。

上から見下げる冷笑。しかし夏侯恩はそれが虚勢に見えた。

ここぞとばかりに言葉を続ける。

「もとより貴様に降伏は勧めない。ただ、袁家如きしか知らずに戦場の鬼となるには惜し過ぎる武人だ。

どうだ、最後の一興と思って我に従ってみないか?」

すると審配はやけに素直になり、剣を放り投げた。

「貴様の言う通りだ!曹操、か。面白い。どれ、罵声のひとつでも奴に浴びせてから死ぬか!」

そう言って、悪党は嫌な笑い方をした。

――鄴は落ちた。曹操軍に包囲されること四ヶ月。

防戦を繰り返してきた審配であったが、最後は辛毘の家族を斬った自らの行動を逆手に取られた。

審配は曹操の前に引き立てられた。縄尻を持つのは夏侯恩である。

曹操は審配に対して旧友であるかのように話しかけた。

「死力を尽くした上で敗れたからには、もう袁家への義理もまっとうしただろう。

人格はともかく才がある者を予は登用する。どうだ、予に使えぬか?」

開口一番、曹操は降伏を促した。

敵ながら善戦をした審配の才能を曹操は人一倍買っていたのである。

「どうせ城内の誰かが裏切って城門を開けたのだろう?!

それであれば、俺は貴様には敗れてはおらん!偉そうな口を叩くな!」

審配は言い返した。汚く唾を吐いた。

「審配。身内さえ統率できないで何が将だ。よいか、城門を開けたのはそちの甥の審栄だぞ。

それも、お主のことを想っての精一杯の行動だろう。よい甥を持ったな。これは皮肉ではない」

その言葉に審配は答えなかった。ただ、俯いて静かに目を閉じた。

「よいか、予はお主の才能を買っている。全て不問に処すから予に仕えい」

曹操はもう一度だけ、審配に降伏を呼びかけた。

傍らにいた夏侯恩はその言葉を聞いて思わず頭を一段下げた。

(全てを不問に処す!あぁ、丞相は凄い!審配よ、そんなことがここでは本当に許されるのだぞ。

丞相が言った以上は、辛毘殿もきっと納得してくれる。人生をやり直せ、審配!)

しかし、審配に応じる様子はなかった。小さく唾を吐いて言った。

「俺のことを買ってくれるのならば、

すぐさま刑場に引き立ててくれれば良いのだ!何も言わずに殺せ!」

悪党には悪党の理屈がある。

審配は自ら腰を上げると刑士の元へと歩き出した。

曹操はそれ以上引き止めることができなかった。

一族を殺された辛毘の心情も尊重しなくてはならないからである。

最後の背中に向けて曹操が言う。

「袁家の臣としてお主の態度は立派であった。

斬首を言い渡す。あの世でも袁家の悪鬼となれい!さらばだ!」

振り返り、曹操ではなく夏侯恩を一瞥すると審配はこういい残した。

「――なるほど。よい冥土の土産となった」

袁尚が北にいるから、と言って審配は北面して死ぬことを望む。

希望通りに斬首が執行され、悪党であり、名将であった審配は鄴城の塵と散った。

夏侯恩は審配の最期の言葉を聞いて身体が震えた。

嬉しくもないし、哀しくはない。ただ空虚である。

胸の痞えが取れ、その代わりにぽっかりと穴が開いた。

審配の姿が刑場へと消えてゆくと城内へと向かった。

その場にじっとしていられる気分ではなかったのだ。







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