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曹丕と甄氏 三国志小説「夏侯覇仲権」14話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




丁度その時、廊下から数名の兵の足音が聞こえてきた。

曹丕の安否を心配して駆けつけてきた護衛兵たちである。

「若殿、ご無事でおられるか!」

その中には本陣から駆けつけてきた夏侯恩もいた。

曹丕の姿を見ると夏侯恩が片膝を着いて報告する。

「殿!小輩が敵将審配を生け捕り、曹丞相に引き渡してございます。

審配は降ることを潔しとせず、死を選びました」

自分直属の部下が思わぬ功績を成したと知って、曹丕は喜んだ。

「でかしたぞ、恩!これで戦功第一は我が隊のものだ!」

曹丕は何か考えがあるらしく、一人で小さく笑った。

その時仲権は、子雲が顔を凍ばらせる瞬間を見た。

子雲の見上げた視線の先には甄氏がいる。そうだろう、子雲。そうだろう。

夏侯恩の視線に気付いたのか曹丕は言った。

「袁紹の妻と、次男袁熙の妻だ。丁度良い、貴様ら二人に命じよう。

ここでこの両名を保護しておれい。わしは屋敷を見回る。任せたぞ、恩、覇」

曹丕が部屋を出て行き、護衛の兵も続いた。

部屋には押し黙った二人の女と、同じく黙り込んだ二人の男が残った。

女たちは、男たちの異様な雰囲気に気が付き始める。

自分たちの顔も見ようとはせず、言葉もかけてこない。

大体二人ともお互いに口を利いていない。全身から覇気が消え、岩のように静かに固まっている。

薄気味が悪くて眉をしかめた。

――あぁ、どうして天は眠らせた記憶を蘇らそうとするのか。

玉思と似た女性がいることだけで奇跡。

そして、この広大な大陸の中で子雲と仲権の前にその女性が現れる。

それは奇跡以外の何物でもない。

奇跡と奇跡が重なると、それは互いに反応して必然になる。

必然は、誰もの人生で数度起こるのである。

見る者はそれを幻だと感じるだろう。現実味のない蜃気楼。甘過ぎる幻覚。

人間はその必然を通過することで力強い輝きを発するようになる。

それまでにはなかった力を身につける。

まだ蜃気楼の渦中にある子雲と仲権にとって、この時間はただ苦しいものであった。

(――玉思。お前は今どこにいるのか。幸せに暮らしているのか)

思わず仲権は心の中で呼びかけていた。

時折無事を知らせる手紙だけは届いた。

二人が心配しているようなことには触れず、ただとりとめのないことを書き送ってきた。

(――玉思。お前は綺麗になったのだろうな。張飛は優しくしてくれているか。

あぁ、何であれお前が無事で生きてくれていればそれで良い。

どうか、無事でいてくれ。無事で生きていて欲しい)

蜃気楼の中で、仲権は遠い日の幻を思い描いていた。

それは子雲も同じであった。

審配を斬り、城内を鎮静化させると曹操は袁家の邸宅に向かった。

正門に詰めている兵士に袁家の家族の無事を問い質すと、

若君のご尽力もあって無事ですと兵は答えた。

それを聞いた曹操は激怒して曹丕を呼びつけた。

「丕!貴様がしたことは軍律違反であると分かっておるのか!

わしは何人たりともこの屋敷に入ることを禁じるとの厳命を出した!

我が子であろうとも、それを破ったからには刑罰に処さなくてはならぬ!」

曹操の厳しい措置を見かねた諸将が曹丕をかばう。

曹丕隊が審配を捕らえた功績を相殺してはどうか、という意見が出た。

それを聞いた曹操は簡単に受け入れる。

始めから曹操はそのつもりであった。

ただ、自分の許可も得ずに勝手な行動に走った己の後継者に

勉強させるつもりで演技をしていたのだ。

旧知の劉夫人と面会した曹操は甄氏の美しさを見て喜びの表情を見せた。

すると、すかさず劉夫人が丁寧な礼を言い出した。

「我が家族が無事でおれたのも若君が先だって保護してくれたからでございます、

その深恩に応えるため甄氏を若君へ献じようと思います、

お叶え頂ければ甄氏にとっても無上の喜びでございます」

思わず曹操は心の中で舌打ちした。

次男袁熙の妻が大変な美人であるということは聞いていた。

あわよくば、自分の妾の一人に加えようと密かに考えていたところだったのだ。

だが、劉氏にそこまで言われた以上、自分の物にすることは恥である。

曹操よりは曹丕のほうが組み易しと判断した劉氏が仕掛けた

必死の生存策であることはすぐに分かった。

曹丕にはまだ正室もいなければ側室もいない。

曹操の嫡男曹丕の正室の座に納まる可能性があるのだ。

数いる曹操の妾の一人にされてしまうのとは大違いである。

「よろしい。我が子に相応しい美女である。丕の元に届けてやれ」

そう言った曹操の目は笑っていた。

割り切りが早いのもこの英雄の美点である。

曹丕はそれこそ踊らんがばかりに喜び、甄氏を正室とした。







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