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青釭の剣 三国志小説「夏侯覇仲権」14話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




翌日開かれた功労表彰の場に夏侯恩の姿はなかった。

審配を捕らえた手柄は夏侯恩個人だけではなく、曹丕隊のものである。

褒美として曹丕に昇官の印綬と金鎧が与えられたが、

曹丕は無断で袁家に入る罪を犯した上に既に甄氏という褒美を貰っている、と言って辞退した。

褒美の品は徐晃と張遼に対して平等に分配された。

席が終わると曹丕は夏侯覇に夏侯恩の居場所を尋ねた。

城壁の上の番屋にいるでしょう、と夏侯覇が答えると曹丕は単身番屋へ向かっていった。

翌日になると今度は曹操が夏侯覇を招いた。

袁家追撃に向けて軍務多忙を極めていることだろうに、

昼食の時間に夏侯覇を同席させるとまるで友人に話しかけるかのように問いかけてきた。

「どうして恩は手柄を誇らないのだ?

昨日、丕が恩に直接訊ねたみたいなのだが、貝のように口を閉ざして話さないらしい。

あの要領の良い男が、せっかくの褒賞を受け取らないとは珍しい。

予も気になっておる。お主なら知っていると思ってな。のう、事情を話してくれまいか?」

夏侯覇は困った。

拒むわけにもいかないし、かといって英雄曹操に下手な嘘は通用しない。

玉思のこと、その玉思が張飛の元に行ってしまったこと、

玉思に似た甄氏を見て夏侯恩が衝撃を受けたこと。

さすがに二人のあの約束だけは省いたが、覇は覇らしく全てを曹操に語ることにした。

黙って話を最後まで聞くと、曹操が口を開いた。

「――覇。お主の悪いところは、正直過ぎるということだ。

そこまで詳しく話すこともない。その話を他人にしたと知ったら、恩は失望するぞ。

人の秘密をあまり迂闊に話すな」

そう言って曹操は夏侯覇の馬鹿正直ぶりをたしなめたのである。

夏侯覇は恐縮して平伏した。

「だがな、覇!その馬鹿正直さがお主の才能でもある!忘れるなよ!」

突然の大声に驚いて、夏侯覇は顔を上げた。曹操の表情は優しかった。

「覇よ、恩を呼んで参れ。よいか、丞相命令だと言うのだぞ」

それだけ言うと曹操は忙しく箸を動かして食事を取り始めた。

深く頭を下げ、夏侯覇がその場を去る。

その足で番屋へ行くと、昼間から酒を飲んでいる子雲がいた。

曹丞相の命令であると言っても出立を渋る子雲を仲権は無理矢理連れ出す。

別室で待っていると、しばらくして曹操本人が現れた。

平伏する夏侯恩に向けて、曹操は軽い口調で言った。

「夏侯恩よ、審配を生け捕ったそちの手柄は抜群であるぞ。誉めてつかわす」

夏侯恩は黙って平伏したままで、何も答えなかった。曹操は続けた。

「予は審配の最期の言葉を覚えておる。

敵とはいえども義士の心中を察してやることは政を行う上で大切だ。

なるほど、よい冥土の土産となった――そちに対する審配の精一杯の言葉だぞ」

まだ夏侯恩は黙ったままだった。

「褒美だ。青釭の剣を受け取れ」

青釭の剣

――青釭の剣。

それを聞いた夏侯恩は思わず顔を上げて曹操を見た。

青釭の剣は曹操自身が愛用する天下の名剣、倚天・青釭の二振りの内のひとつである。

その片方を夏侯恩へ贈るというのである。

「ありがたき幸せ!!青釭の剣に恥じぬ働きをしまする!!」

夏侯恩は本当に嬉しそうな声でそう言った。

曹操は腰に下げていた青釭の剣を外して夏侯恩の手に渡した。

深々と平伏して受け取る夏侯恩に向けて、小さな声でこう言った。

「……お主を見ていると、昔の予自身を見ているかのような気分になるわ。

それだけ演技を使い分けられれば大成できるぞ。よいか、両名とも。しかと責務を果たせ」

少し言い過ぎたと思ったのか、曹操はそれ以上言わずに部屋を出て行った。

――青釭の剣、青釭の剣。子雲は狂喜した。

主君の常用剣を賜るのは武人として最高の光栄である。

それも、中原の覇者曹操から賜った、天下の名剣である。

双剣のひとつを曹操自身が佩き、もうひとつを自分が佩くのだ。

英雄曹操に認められたのである。

他には代えがたい、武人としての勲章であった。

「――青釭の剣。俺の、青釭の剣」

子雲は喜びに泣いた。哀しみも振り払われよとばかり、心底から泣いた。

曹操の温情が心に痛切に響いて、涙が溢れ出してきた。

青釭の剣。それは子雲に与えられた人生の勲章である。

玉思がいなくなってから、子雲は人生の希望を失いかけていた。

それを、このたった一振りの剣が補ってくれた。

子雲の青釭の剣に対して仲権が嫉妬しなかったと言えば嘘になる。

しかし、子雲の心情を知る仲権にとっても嬉しい出来事であった。

子雲が立ち直ると同時に、仲権も立ち直ることができた。

その夜。鄴城の城壁の上で、子雲は青釭の剣を鞘から抜き払ってみた。

月明かりに照らされて刀身がきらりと光を放ち、子雲の目を射す。

刀身を鏡に、後ろにいる仲権の姿がぼやけて映った。

子雲が青釭の剣を上段に振り上げる姿を、仲権は見ていた。

なんという美しい剣なのであろうか。

およそ人を殺すために創られたとは思えぬその輝き。

戦場の道具としてこれほど相応しくないものもない。

青釭の剣を持つ子雲の姿が月光に祝福されて、その美しい肖像に思わず仲権は跪きたくなった。

――ひゅっ。

小さな音を立てて子雲の青釭の剣が一閃した。

そして仲権は見た、青釭の剣が青白い燐光を放ちながら振り下ろされるのを。

青釭の剣を振り下ろすと子雲は目を閉じ、深く息を吐いた。

剣音が心の何かを優しく断ち切ってくれたように思えた。

もう一振り、音を聴いてみる。横に薙ぎ払ってみる。あぁ、音が心に染み入る。

子雲は目を開けた。青釭の剣を眼前に近付けてみる。

まっさらな刀身は真夜中の雲のように深い色合いをして、

何も語らず、しかし何かを悟らせようとしていた。

ふと、鏡に仲権の姿が入ってきた。子雲は、後ろのその顔が微笑んでいると思った。

――もういいだろう。もう俺は大丈夫だ。ここに俺の命ができた。

子雲は青釭の剣を鞘に収め、後ろの仲権を振り返るといつもの調子で言った。

「おうよ、仲権!今夜は俺様の手柄を祝って飲み明かそうではないか!!」

青釭の剣。この宝剣は子雲と仲権に幸せをもらすものであろうか。

後日、夏侯恩は校尉に、夏侯覇は都尉に叙せられた。

曹丕の守り役はこれで終わりである。

二人はそれぞれ、一軍を率いる将となった。

こうして、子雲と仲権の物語も最後の舞台、長坂坡の戦いへと向けて進むのである。







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