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新野の戦い 三国志小説「夏侯覇仲権」15話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




「――劉備が!不義の流賊が!!」

遡ること二ヶ月前。

惇は怒っていた。こと劉備の話になると惇の憤怒は収まらない。

激情の中にも戦場を冷静に見渡すことのできる活眼を持つ将軍であり、

相手を敬うことも忘れない武人であるが、劉備だけは別であった。

「俺が斬ってやる!これで最後だ!」

執拗な言葉。許都からの進軍の途中でも怒り続けたままだった。

劉備討伐軍の都督としての立場からだけだとも思えない。

どうしてだろう、どうして惇はこんなに劉備を憎むのだろうか。

惇にとって人生は曹操のためであった。

陳留での旗揚げ以来、惇は常に曹操の片腕として栄光と辛酸を分かち合ってきた。

最早惇には他に何も見えない。曹操の敵が自分の敵であった。

曹操一筋に生きてきた惇にとって分からない存在がいる。

次々と主を変え、何を求めてか場所を転々とする輩だ。

彼らに武人としての節義を見出すことが惇にはできなかった。

その偽者たちの代表格が劉備だ。

義勇軍から始まり、公孫瓚・陶謙・呂布・曹操・袁紹・劉表と主を変えては生き延び続けている。

しかもその主の中には呂布のような男や、惇の曹操さえもいるのだ。

全ての主を裏切り、己の保身のためだけに生きている男。

それが劉備だ。惇には我慢ならなかった。

「だからあの時に斬っておけばよかったのだ!

我が軍に下ってきたあの時に!わしはそう言っただろう!孟徳、あれは貴様の間違いだったぞ!」

呂布に城を奪われた劉備が曹操の庇護を求めて降ってきた時、惇は曹操に斬るように勧めた。

だが曹操は笑って聞き流すと、「英雄は英雄を知る」と言って温かく劉備を迎えた。

とにかく、あいつは気に食わない。

影のように劉備に付き添っている関羽・張飛のことは

理解できないことはないのだが、とにかく劉備だけは分からない。

大嫌いだ。孟徳の邪魔をするだけで、何の役にもたたん。

孟徳はいつかまたあんな余計な男に熱を上げるかもしれん。

悪い癖だ。だからその前に俺が斬ってやる。孟徳のためだ。

荊州南征の軍議を開いた時、惇は劉備討伐を優先させるべしと進言した。

南進して荊州に入れば真っ先に新野城を通る。

劉備が駐屯している城だ。

劉表は南下してくる曹操の盾となる任務を劉備に命じていた。

惇の言っていることは間違っていない。

曹操は惇に十万の軍勢を授け、劉備掃討を命じた。

新野城は小さく、劉備軍の兵力は一万にも満たない。

関・張の二豪傑がいたところで敵う兵力差ではない。

それに惇ならば安心できる。曹操はそう読んで惇を送り出した。

惇が新野まで進軍すると、意外にも劉備は城外に軍を構えていた。

副将の于禁・李典らを後詰に残すと総大将の惇自ら先陣に立った。

敵の先陣には「趙雲」と書かれた旗が立っているが、そんな将はよく聞かない。

見るとまだ若い将であった。惇は構わず一気に突撃をかけた。

たかが三千ほどの趙雲隊がどうして抑えきれよう。

それでもしばらくは趙雲隊も持ちこたえていたが、全軍突撃を受けると我先に逃げ出した。

惇は趙雲という将を見つけると問答無用で討ちかかる。

十数合槍を交えたところで趙雲は逃げ出した。

惇が追う。途中で何度か趙雲は態勢を立て直しては立ち塞がろうとするが、

十万の夏侯惇軍の前では時間稼ぎにもならない。

趙雲は博望坡という谷間へ逃げ込んだ。

すると数百人程度の伏兵が左右から起こり、趙雲が馬を返してくる。

先駆けしていた惇が三方から包まれた。

「笑止!この程度の伏兵、我が敵ではない!」

惇は怯まない。自ら槍を振るって相手を一蹴した。

兵力の差は歴然としていた。

なおも奥に逃げようとする趙雲を追って惇は進む。しばらく追うとついに劉備本陣が見えた。

「おぉ、見えたぞ!あれが劉備だ!行け!!進め!!」

興奮した惇が叫び、構わず兵を突撃させた。

趙雲が劉備本隊と合流すると、辺りに太鼓の音が響いた。

左右の森から千人ほどの伏兵が現れ、正面の趙雲が軍を反して総攻撃をかけてきた。

突進していたせいで惇の軍は長く伸びてしまっている。

谷間の道は狭く、多勢の利を活かすことができない。だが、惇は冷静であった。

「これか!この程度の切り札しか用意していないとは、この夏侯惇も舐められたものよ!」

兵を励まして戦う惇の姿に勇気付けられたのか、夏侯惇軍は一気に劉備軍を押した。

伏兵の計も失敗した劉備軍はまっしぐらに退却していった。

その後を追い、惇は突撃を繰り返す。

最早趙雲に兵を返す余裕はみられない。

惇は先陣を切って前に進んだ。遮る敵を馬で蹴散らし、立ち塞がる兵を槍で突き伏せる。

ふと、劉備の陣旗が見えた。

遠目にだが、劉備の乗馬である白馬の姿があった。

(おぉ!あれが孟徳の邪魔をしている奴か!あれさえ取り除けば孟徳の道は開ける!)

惇が声を枯らして兵を急かす。

勝利を確信した夏侯惇は一気に劉備との距離を詰めようと突撃をしたのであった。

その頃。先頭から後れること数里ばかり、副将の李典は于禁の元に馬を寄せていた。

「どうも道が怪しくないか?行くごとに道幅は狭まり、林は深くなってゆく」

李典の心配は于禁にすぐに伝わった。

「うむ。そう言われればそうだ。谷間に誘い込まれている感じがあるな」

「丞相が日頃おっしゃっている危険予測の兵法にこんな場所があっただろう?」

「兵法は覚えてないが、こういう道は伏兵か火計の絶好の場だ」

実戦経験豊かな于禁がそう言う。

「この兵力差だ、伏兵は心配いらないが、もしも、」

「火計、か」

二人は顔を見合った。

「劉備にそんな智謀の将がいるとも思えんが、

最近劉備から降ってきた徐庶が言っていただろう、劉備には諸葛亮という軍師がついている、と」

一瞬の沈黙の後、李典は言った。

「それにだ。関羽も張飛もまだ姿を見せておらんのが不気味なのだ」

その一言が決定的だった。二人はふと背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「李典、貴公はここで陣を構え、大局をよく見定めてくれ給え。我輩は夏侯都督を諌めて参る」

「うむ、任せたぞ。油断するな」

そう言って于禁と李典は二手に分かれた。







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