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博望坡の夏侯惇 三国志小説「夏侯覇仲権」15話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




一方その頃。

輜重隊にいた子雲と仲権は余裕で馬を進めていた。

「伯父上は凄い!どんな時にも全力を尽くす。

十倍の兵力差の相手にも総大将自ら斬り込んで行くんだから士気も上がるよ。

被害を最小限に抑えようとする総大将の責任だろう。凄いよ」

仲権が言うと、子雲は頷いて言った。

「あぁ。そんなに劉備が憎いんだな」

「違うだろ?自軍への責任だよ」

仲権が突っ込む。

「いいや、憎しみだね」

二人の捉え方はそれぞれだった。

だがそれは、惇からすればどちらでもいいことだ。曹操にとって利益があるものが惇の正義なのだ。

ふと、後方で喚声が上がった。

子雲と仲権が振り向くと、輜重隊の後方で火の手が上がっていた。

その頃。

先陣の惇はというと、逃げる劉備本陣を追って執拗な追撃を繰り返していた。

前を遮ろうとする敵兵を破っては追撃し、蹴散らしては前に進んでいた。

「おぉーい、おぉーい」

後方から声がする。土煙を上げて追ってくる一隊がある。于禁だ。

「夏侯惇殿!待たれよ、留まり給え!」

「おぉ、于禁!手を貸せい!急いで劉備を追撃じゃ!」

ようやく追いついた于禁が火攻めの危険性を訴える。

だが、惇は相手にしなかった。

劉備の本陣のすぐそこまで迫っているのに火攻めがあるわけがない。

近距離で火を放てば劉備軍にも被害が出てしまうからだ。

だが、惇は追撃に必死のあまり、敵兵が邪魔している間に

既に劉備本人は遠くまで逃げ去っていたことに気が付いていなかった。

――ひときわ大きい銅鑼の音が響く!

「すわ、何事か?!」

于禁が四方に視線を走らせる。

悪夢の光景。左右の林に火の手があがり、

前後の林道に火だるまの枯れ草が投げ込まれるのを于禁は見た。

「いかん!退却!!退却!!!」

最早間に合うはずもない。すっかり虎口に入り込んでいた夏侯惇軍であった。

あっという間に火の手は周囲に回り、火の恐怖で大混乱が起こる。

怯えて右往左往する兵は互いに互いの逃げ道を塞いでしまう。

夏侯惇軍は大計にはまってしまったのだ。

伏兵ならまだしも、さすがの惇も火は相手にできない。

最後尾の輜重隊にも容赦ない火の攻撃が襲い掛かってきた。

左右の林深くから突如現れた張飛隊は問答無用にたいまつを投げ込むと突撃してきた。

元々戦闘要員ではない輜重隊である。

張飛の猛攻にどうして耐えられよう。散々に打ちのめされ、あっという間に壊滅した。

輜重隊の将は夏侯蘭である。

夏侯家の遠縁に当たる蘭は、袁紹亡き後で陳留を守る役割から解放され夏侯惇軍に合流した。

彼は元々法律に精通する文士であり、戦闘員ではない。

不意に現れた張飛の前ではなす術がなかった。

遊軍の恩と覇は救援要請のため前の敵を突破するように蘭に命じられる。

二人がなんとか道を切り開いて李典の陣まで辿り着くと、

李典隊もまた敵の襲来を受けていた。それも相手は関羽である。

救援どころではない。

散々に蹴散らされたが、李典と恩と覇は命からがら逃げ延びた。

先陣の夏侯惇隊の損害は著しかった。

歴戦の勇士である惇自身はさすがに上手く逃げ延びたが、

遠く陣を引いて残存兵をまとめてみると十万の兵が半分以下まで減っていた。

輜重隊の夏侯蘭は張飛に討ち取られていた。

于禁や李典もそれぞれ火傷を負っている。大敗であった。

わずか一万の劉備軍に十倍の兵力の夏侯惇軍が打ち負かされる。

かつてない屈辱である。

決して戦上手とはいえない劉備にまさかこんな大敗を喫するとは、誰もが想像できないことであった。

この博望坡の敗北によって、夏侯惇は旗揚げ以来築き上げてきた名声に

大きな傷を付けることになってしまった。

最大の敗因は、夏侯惇の強引な突撃指示であった。

一人の判断で何万人もの兵の命が失われた。

許都まで戻ると、惇は己の身体を縄で縛って曹操の前にひれ伏した。

全ての責任は自分にある。

死を覚悟して潔く咎めを受けようとした惇だったが、曹操は全く責任を問わない。

大勝があれば大敗がある、とばかりの態度で不問に処した。

劉備にそんな知恵はないはずだから誰か有能な軍師がついたのだろう、と曹操は幕僚達に問う。

徐庶がやはり「諸葛亮」の名前を挙げた。

博望坡ではそんな軍師の姿は見当たらなかったが、

思えばあの趙雲という将の行動が演技だったとすれば見事だった。

退いては返り、返っては退いて夏侯惇軍を誘導していたのだ。

あれは諸葛亮の指示の元に行われたのであろう。







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