ケンボックス

小説と写真を高品質で。

夏侯一族 三国志小説「夏侯覇仲権」2話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




「――子雲、惇伯父がお呼びだよ!」

入って来るなり仲権が大声を出した。

「――なんだ、騒がしいな」

居眠りをしていた子雲が寝返りをうってそっぽを向く。

「惇伯父が呼んでいるよ!」

「どうせまた弓の訓練だろう。同じことばっかりだ。嫌だよ、僕は」

「もう!いつも寝てばかりじゃないか。起きなよ!」

「嫌だって。君一人で行ってくれ」

子雲は起き上がろうとしない。仲権がむくれて腕組みをする。

「仲権、淵小父が先生なんだから君は行かなくちゃいけないぞ」

「起きてよ!惇伯父がいつもと違ったんだ。

それに一杯人が集まっていた。弓じゃないと思う。

別の大切なことだよ、きっと。ほら、行くよ子雲」

そう言われるとようやく子雲が立ち上がって服を着替えだした。

その背中に向けて仲権は言葉を続ける。

「でも、何だろうねー。ねぇ子雲、何だと思う?」

着替えを終えた子雲は、黙ったまま部屋を出る。

慌てて仲権が後を追った。子雲は後ろも見ずに広い家をどんどん歩く。

そのまま惇伯父の部屋ではなく庭に出て、茨の中をかきわけて塀の隙間を通り抜けた。

仲権も黙って付いて行く。

「子雲!また怒られるよ!僕は知らないぞ!」

家を出てさらに歩いて行く子雲に仲権が言う。

「仲権、君も本当は嫌なんだろう?それに、付いて来たからは同罪だからな」

また振り向かずに子雲が返事をした。

「僕は君を連れて行くのが役目なんだ!後でちゃんと惇伯父のところに連れて行くよ!

逃げないように見張っているだけだぞ!」

そうは言いつつも仲権は大人しく後に続いた。

確かに惇伯父は怖い。でも子雲と一緒にいる方が好きだった。

二人はそのまま歩き、午後の穏やかな日差しの中、冬空の草原を横切って行った。

――時は西暦百八十九年、中国は予州沛国・陳留。

二人の少年は、この地方の豪族夏侯家の子である。

家長を務めるのは夏侯惇、字は元譲。

その従弟の夏侯淵、字は妙才と共にこの地区で一大勢力を築き上げていた。

少年の一人は夏侯惇の腹違いの弟で夏侯恩、字を子雲という。

もう一人は夏侯覇、字は仲権で、夏侯淵の長男である。

子雲は仲権の叔父にあたるが、父親が年をとってもうけた腹違いの子供なので、

仲権とは歳がひとつしか離れていない。

二人は幼い頃からいつも一緒に育てられていた。

子雲はまだ六歳、ひとつ下の仲権は五歳。

数千名の私兵を擁する夏侯一族の子である二人には

武芸の英才教育が施されているのだが、天邪鬼の子雲は無理矢理教え込まれるのを嫌がった。

仲権は生まれつき素直な性格だが、父や伯父よりもこの兄貴分の子雲と一緒にいることを好んだ。

二人の少年は近くの川まで歩いた。

幅は狭く流れも急ではない川で、いつも二人の絶好の遊び場になっていた。

川の真ん中に小さな島がある。

そこに二人の足ぐらいの太さの朽ち木が生え残っていた。

「おい、仲権!あの木を倒してやろうぜ!」

そう言って子雲は足元の石を投げ始めた。

なかなか当たるが、子供の腕力では大したことはない。石は木に弾かれてしまう。

「子雲、全然倒れないよ。無理だよ、無理。あんなの倒せないって!」

「君はいつもそうだ!そうやってすぐに当たり前なことを言う。

あのぐらい倒せないで夏侯家の男子だとは言えないぞ。

ぼーっとしてないで君も手伝ってくれよ!」

「分かったよ、それじゃぁ、倒したら惇伯父のところに行くからね」

「倒したらな!早く倒せよ!」

「よぉ~し!」

子雲と仲権は夢中になって石を投げつけた。

小さな石が風を切って川面を通り過ぎる。

仲権の石はなかなか当たらない。当たったところでびくともしない。

次第に薄い暗闇が辺りを覆い始め、鳥が棲みかへ飛び立つ。

二人の子供はまだ投げ続けていた。木は倒れていない。

ふと、子供たちが腕を振り続けている川辺に、蹄の音が聞こえてきた。

「こら~ぁ、子雲!仲権!やっぱりここにいたか!

何をしておる!元譲がかんかんだぞ!来い!行くぞ!」

淵が馬を飛ばしてやってきた。父の姿を見て仲権は身を竦めた。

子雲は淵の声が耳に入っていないかのように石を投げ続けていた。

「子雲!仲権!おらぁ、早く来い!!」

気が短いことで有名な淵の声が、荒立ってきた。

すると子雲がまた後ろを振り向かないで大声を張り上げた。

「小父上!あの木が倒れないんです!」

「あぁ~?!お前ら子供の腕で倒せるか!見てろよ、小僧ども!」

淵は鞍にかけてある愛用の強弓を手に取ると矢を番え、木を目がけて引き絞った。

木までの距離は百歩近くある。

「――はっ!!」

気合と共に淵が放った矢はぶうん、という振動を立てて辺りの静寂を切り裂き、

鮮やかな矢道を描いて木に突き刺さった。

鈍い音がすると木はゆっくりと後ろに傾き出し、大きな水音と共に川の中へと沈んでいった。

「はっはっは!!どうじゃぁ、わしの神弓は!

おい、子雲に仲権!お前らも早くこのぐらいまでに腕をあげい!」

馬上の淵が豪快に笑った。

「小父上!さすがです!!」

満面の笑みで子雲が振り返った。別人のような素直な表情。

子雲はこの豪快な小父のことが大好きだった。

仲権も笑って父親の元に駆け寄った。

「ほら、仲権!乗れ!子雲、早く来い!」

淵は大きな手で仲権の身体を抱き上げ、鞍の前に乗せた。

遅れて寄ってきた子雲も一緒に前の鞍に座らせる。

「全く、こんな季節に外でうろうろしおって!捜すほうの苦労も考えろ!」

そう言って走り出した淵は片手で手綱を捌きながら、もう片手で二人の身体をさすった。

そして子供たちをあやすように馬を遊ばせながら走らせた。

左右に揺れて走るのが面白くて、子供たちは大喜びしている。

淵はまた豪快に笑った。

三人を乗せた馬は、大きな屋敷の方角へと走り去って行った。







Copyright© ケンボックス , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.