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夏侯惇の左目 三国志小説「夏侯覇仲権」7話

投稿日:2003年3月15日 更新日:




翌朝、夏侯惇軍は前進して高順軍に対陣した。

夏侯惇と高順が前に出てきて、戦の儀式である主将同士の主張を交わす。

「高順!勅命を掲げた我が軍を妨害する者は天下の逆賊であるぞ!」

「ほざけ!童子でも曹操こそが天子を悪用する姦賊であると知っておるわ!

大義は我が軍にこそある!」

互いに定石通りの理を叫ぶ。

高順の言葉が終わるや否や、夏侯惇が馬を煽って高順の前に飛び出した。

それを見た高順も馬を駆って、夏侯惇と槍を交えた。

両者の槍が繰り出されること十数合。両雄が槍をぶつけ合う音が響く。

勝負はつかないが、高順の槍先がやや乱れ始めてきた。

ここぞとばかりに夏侯惇は肩を怒らせて槍をしごく。

たまらじとばかりに高順は馬を退いて、自陣に逃げ込もうとする。

夏侯惇は追いながら、大声で高順を挑発した。

「陥陣営」の名は高順個人の才覚を指すものだけではなく、

高順直属精鋭部隊七百名の戦績を賞賛して名付けられたものだ。

その「陥陣営」に逃げ込まれては討ち取る機会が失われてしまう。

ふと、夏侯惇陣営から一頭の騎馬が飛び出した。

身体は一人前に出来上がっているが、風貌にはまだ幼さが残っている。

夏侯覇仲権である。

高順の逃げる方向に勢い良く突進して、大声で名乗りを上げた。

「我は夏侯覇であるぞ!高順とやら、この青二才の槍を受け止める勇気すらないのか!」

だが高順は夏侯惇や夏侯覇の挑発に反応せず、そのまま陣中に逃げ込んだ。

追いかけてきた夏侯惇は「陥陣営」に悔しげな視線をくれると馬速を落とす。

だが、夏侯覇の馬はまだ速度を緩めようとしない。

夏侯惇は素早く横に視線を送り、夏侯覇に注意を促そうとした。

――その瞬間、「陥陣営」から矢が飛んできて夏侯惇の左目に突き刺さった。

射たのは「陥陣営」の部将・曹性だった。

自分の矢が敵将に命中したのを見て、曹性は勝利を確信する。

主将の負傷を見て夏侯惇軍は動揺するに違いない。

もうこちらのものだ、そう思った。

曹性のみならず高順軍の誰もがそう思った。

矢を浴びた夏侯惇は声も上げず、鐙をしっかりと踏みしめて落馬を堪えた。

そして、残った右目で鬼の形相をして曹性を睨むと、自ら矢を引き抜いた。

するとなんとしたことか、引き抜いた矢尻に左目までもが付いてきてしまった。

夏侯惇は矢に刺さった球体を見るとすぐさま突風のような声で叫んだ。

「父母が与えてくれたこの身体、捨てるところなどない!!」

そして、矢尻を逆さにすると目玉を喰らった。

左の眼窩から血を流し、口元からも血を滴らせながら、右目でもう一度曹性を睨み付けた。

夏侯惇のこの凄まじい様を見て、両軍の兵は凍てついた。

夏侯覇も思わず馬を止めて夏侯惇の動作に見入っていた。

夏侯惇軍に動揺は生じなかった。

いや、逆に敵将を負傷させたことで本来は有利となるはずの高順軍の方にこそ不気味な緊張が走った。

なにせ、夏侯惇は己の目玉を喰らってしまったのである。

夏侯惇は咄嗟の行動で、見事に自軍の混乱を防いだ。

高順軍で一番動揺したのは、矢を射た当の曹性である。

真っ赤に染まった眼窩で夏侯惇に睨み付けられ、心を宙に飛ばした。

「貴様!我が目玉の価値を知れい!!」

突進してきた夏侯惇の槍を受け、一撃で曹性は絶命した。

その場で四方を睨みまわす片目の修羅の姿を見て、高順軍は言葉を失っていた。

形勢逆転である。空気は夏侯惇軍寄りに動き始めようとしていた。

だが、その中で土煙を上げて夏侯惇に近付いてきた一騎がある。

槍を構え直した高順であった。

高順は無言で夏侯惇に撃ちかかった。

夏侯惇も槍を合わせて迎撃するが、片目を失っては距離感がつかめず、

高順の槍先を受けきれるものではない。

危機を見かねて夏侯覇が助けに入ろうとする。

そこへ高順の背後から「陥陣営」が突撃してきた。

さすがは高順である。夏侯惇が立て直した気勢を一気に反転させた。

「覇!軍を退けい!貴様が指示しろ!」

夏侯惇が大声で夏侯覇に指図する。

夏侯覇が慌てて自陣に馬を返す。

「退け!退け!!一旦態勢を立て直すぞ!!」

声を震わしながら、喉から声を振り絞って夏侯覇が絶叫する。

数合時間稼ぎをしていた夏侯惇も自陣に逃げ込んできた。







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