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島の自然 小説「後悔の海に溺れて」3話

投稿日:2004年11月29日 更新日:




――家の門は開かれていた。

前妻はどうしているのだろうか。

足を踏み入れると建物も庭もすっかり荒れ果てている。

当時も貧乏だったが輪をかけて酷くなっていた。

既に夜になっていたが月明かりを頼りに家に上がると、前妻はいつもの場所に座っていた。

薄明かりの入る部屋には他に誰もいる様子がない。

どうしようもない侘しさが充満しているのを見て、男は締め付けられるように胸が苦しくなった。

振り返った前妻は夫を見ると満面に笑みを浮かべて、

お帰りなさい、いつ京にお戻りになったの?と言う。

その様子は以前のように明るく、恨んでいる気配がない。

それどころか夫が訪れてきてくれたことが嬉しいのか、いそいそと茶を淹れ始めた。

それも夫が好きだった茶葉をまだ欠かしてはいなかった。

それを見た男は長年の後悔を一気にぶちまけ、

これからは一緒に住もうと涙を流しながら前妻に詫びた。

筒を取り出し、これがお前が見たがっていた海の砂だと言って渡す。

俺だってお前の見たかった物ぐらい憶えている、

これからは荷物もここに運んで人も雇うからもう不便はさせないし、

今度こそ海だって見せてやれると必死に訴えた。

前妻はただ嬉しそうな表情でそれを聞くだけで、少しも夫の過去を咎めるようとしない。

湿っぽい話を逸らすかのように、ここ数年の積もる話を始める。

どれも他愛のない話ばかりで、その話のなかにもやはり夫を責めるような言葉はない。

そのうち夜も更けてきたので、もう寝よう、ということになった。

前妻はいそいそと床を敷き、二人は以前のように薄い布団に抱き合って横になった。

喪失の数年を埋めるかのように二人は激しく抱き合って、長い夜を始めた。

一晩中愛し合って、行為の合間に語り合う。

愛情の頂点に互いの名前を呼びながら果てては、何度もそれを繰り返す。

離れていた分、一緒だった頃よりも二人の愛情は増しているようだった。

――ふと、携帯が鳴る。

「ちょっと失礼、」

そう言って男は携帯を持って外に出ようとした。

「あー父ちゃん、怖いんだー!逃げるんだー!」

子供がそう茶化してくる。

「仕事の電話だよ、仕事の。怖い話は後で聞くからな」

こんな時間に東京からだ。大事な話だろう。

家の中では落ち着かないので、外に出て聞くことにした。

「もしもし、どうした?」

電話は村の東京事務所からだった。

島を大型台風が直撃した影響で数日前から飛行機が飛んでいなかった。

空港の被害状況が心配で電話してきたと言う。

「まず駄目だな。数日は飛べん。

こっちを今日の昼に通過していったが、空港がしっちゃかめっちゃかになっている」

「そうですか、東京も今夜から暴風域にかかるので、

どっちにしろまだ数日は飛びそうもないですね」

「せっかくの観光シーズンなのになぁ。残念だが台風じゃ仕方ないか」

そうは言うものの、男は内心どこかで嬉しいとさえ思っていた。

これでしばらくは島に平穏が訪れる。

島の観光責任者としてはともかく、一人の島民として最近の騒がしさには嫌気がさしていた。

台風で飛行機の飛ばなくなった島には以前のような静けさが戻っていた。

ほら、今夜は特に静かだ。この夏は毎晩のように、浜辺で若者の騒ぐ声が聞こえていたものだ。

煙草に火をつけるとすぐそこのビーチまで歩いてみることにした。

今夜は歩き交わす人もなく、こんな穏やかな夜は久しぶりだ。

今朝まであんなに吹いていた強風も、台風が過ぎ去ってしまった今はどこにもない。

台風の直後だからだろうか、浜辺の美しさは格別だった。

空気は透き通るようで、夜空の星が澄み渡っている。

心地良い気温に、程良い風。なんて平和な夜なのだろう。

これはこの島に元々あった風景だ。昔はこういう島だった。

あぁ、やっぱりこっちの方がこの島らしいんじゃないかな。

この頃はついついそう思いがちだ。

世界中に外来種の問題がある。

別に観光客を外来種の動植物に例えているのではないが、問題としては同様ではないか。

本来あるがままの生態系を人工的に崩して成功した例というのは、

世界中でもごく稀にしか報告されていないと聞く。

この島が将来に渡って魅力的であり続けるために、

あの空港という選択肢は本当に妥当なものであったのだろうか。

最近ではエコツアーという言葉をよく聞く。

稼ぎが薄いということで警戒する業者もあるが、

俺たち当事者がいくらかでもああいう意識を持たなくてはこの先がないんじゃないかな。

そっと目を閉じてみる。目を開けると美しい夜の海。

なんだか今夜は島が異様に美しく思えた。

まるで子供の頃の、あの手付かずだった時のように。

人間の暮らしと自然の営みは一体だと思えた頃の美しい島の風景。

それがこの夜に、もう一度男には見えていた。

あぁ、美しい。やはりこの島の自然は素晴らしかった。

涙が出るほど嬉しい。この島はまだ死んではいなかった。

まだまだ眩しいばかりに輝いていた。

今夜はここで眠ろうか。

浜辺で横になって無数の星を数えていると、島の優しい美しさが心に染み渡ってくる。

天の川から浜辺へと星は注がれ、柔らかな波の打つ音が世界を包み込む。

神のいる島。かけがえのない大自然。美しい自然を抱く。

抱かれると島はより一層美しく輝くようであった。そして男は島の自然と愛し合った。







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