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仏像の恋 小説「奈良アートボックス」3話

投稿日:2008年9月20日 更新日:




「でも困ったよ。今の話でひとつだけ問題がある。

だからと言って参加しないわけじゃないけどね」

びっくりして「どうしたの?」と聞いてみると、バサラは随分照れくさそうにこう話し始めた。

「いや、個人的なことだよ。

いいかい、今日は明日香が本気の話をしにきているって分かったから、

僕も本気で話すよ。それは分かっておいてね」

意味深な前置きなんてして、いつも冷静なはずのバサラがわずかに動揺しながら、言葉を続ける。

「さっき明日香が名前をあげた仏像の中に、僕の昔の恋人がいるんだ。誰とは言わないけど」

でも女性の仏像なんて一人しか口にしてないじゃない。

へぇ~、伎芸天と。

「別れてから何百年も逢っていない人だよ。

もう一生逢うことはないだろうと思っていた人なのに、

さっき明日香が口にしたことはその運命を変えてしまうことになるね。

どれだけのことか、分かってもらえるかな」

数百年の別離。

しかも仏像同士の恋だなんて、まるで現実離れした夢の国の物語かと思った。

「――はい。随分重いお話なのね。ひょっとして、私、悪いことしている?」

そこは変わらない表情でバサラが続ける。

「いいや、いいんだよ。もう遠い昔のことだからね。

あれから長い時間が流れて、何て言うのかな、欲望とか喧嘩とか、

当時の若い僕の心にあった醜い角がすっかり今は取れているから、もう大丈夫さ。

少なくとも僕は大丈夫。

彼女もきっと、大丈夫だろうよ、大丈夫だと信じたいよ」

新薬師寺のバサラと、秋篠寺の伎芸天。

当人同士にしか分からない感情でしょうね。

「僕は思うんだ、愛し、愛された経験があるから、今は他人を愛せる。

彼女は七百年前に火事で半身を焼失するという事故に見舞われてね、

その時に僕はちゃんと彼女を受け止めてあげることができなくて、二人は壊れてしまったんだ。

半身を失った彼女の傷は相当深かったはずだよ。

あれから別の半身を補って今は幸せに暮らしていると聞いているから、

何も僕が口を出すようなことはないんだ」

初めて見る、バサラの中の影。

そんな部分、今まで全然見せようとしてなかったのに。

「僕もそれから急速に色を失っていったけど、ボスの薬師如来と巡り合えたし、

十二神将という仲間や七千人の部下に恵まれて、満たされた時間を今は過ごしている。

後悔は深いよ、あの時どうしてちゃんと彼女を抱きしめてあげなかったんだろう、

って考えると昔の自分が許せなくなる。本当に、後悔は深い。

もう過ぎたこと。時間も経ち過ぎた。

年を取れば取るほど選択肢がなくなっていって、

あとはもう今まで自分が築いてきた道を真っ直ぐ進むしかないんだ。

ほら、人は社会的な動物だから、周囲の人々と共存しないと生きてゆけないね。

今が嫌だからって、別の明日に移り住んだとしても、

結局はどこも住み難いものだと分かったときに、ようやく今を愛しく思うことができると思う。

だから今はもう、自分に与えられた唯一の道を歩くだけだよ、僕は」

長い独り言を終えて、バサラは顔をあげた。

大仏殿はすっかり暗闇に包まれていたから、バサラがどんな表情をしているのか分からない。

きっと、そこにはいつもの憤怒の感情はなかったと思う。

吐き出して、すっきりした表情が見れたのかもしれなかった。

「ねぇ、今逢ったら、僕、笑ってしまうかもしれないよ!」

急に明るい声色でバサラが言った。

「だって七百年ぶりだよ、七百年ぶり。

心では想い続けながら、でも直接逢ったことは一度もなかったし。

それを今更ねぇ、今更逢っても、どんな顔をして、どんな言葉をかければいいのかな?

想像できないし、考えられないし、誰かに教えてもらいたいぐらい。

いい年してるくせに、彼女が僕をどう思うのか、なんてことで不安になっちゃうぐらいだよ。

これってヘンだよね、僕は新薬師寺のバサラなのに、

七千人の部下を統括する名将・バサラ様なのに!あははっ!」

もしかして笑っている?もしかして泣いている?

そんな自虐的な言葉、バサラから聞くとは思わなかったよ。

残酷なことなのかもしれない。

それとも、偶然でも喜んでくれているのかな?

言葉の上ではバサラは賛同してくれたし、運良く夜の東大寺に入ることができたので企画のイメージも

膨らんできたけど、なんか次の展開ってまだ想像の世界だな。

――きっと美しいものができるよ。

私はそんな自信を持つことにした。

仏像と音楽だけじゃない。

偶然にも、密かな恋の物語も含むことになった。

このまま企画が進んでゆければ、他にも予想しない物語が入ってくるのかもしれない。

だからきっと、美しい物語を創り上げることができる。

私はそう信じようと思った。

東大寺の門を出て、奈良駅へ向かう明るい場所までバサラが送ってくれた。

「今日はありがとうございました。

もう一度言っておくわよ、来年必ず実現させるから、

あなたには絶対に参加して欲しい。

待っているわ、バサラ。それじゃぁ、またね。」

微笑み半分、複雑半分な色の表情で、バサラは返事をしてくれた。

「分かったよ。僕も楽しみにしている。他にはない時間になる気がするよ」







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