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不倫ドライブ 小説「スローラブで愛して」3話

投稿日:2006年7月8日 更新日:




不確定な毎日をスタートさせたばかりの慶だから、わたしの入り込むスペースがあったみたい。

正直なところ、再会には期待があった。

だって彼は忘れられない人。フラれちゃったけど、ずっと好きだったから。

悔しいけど、あれから見てきた他の男たちや今の夫と比べても、どこか特別に思えていた。

誠実な人。とにかくちゃんと愛してくれた記憶がある。

ドライブに誘われた時、抱かれる予感っていうか、勝手な期待があった。

昔と変わらず優しい彼のメール。

あれから何度もやりとりをしたけど、いつもわたしをお姫様のように丁寧に扱ってくれる。

最初からなんだか思わせぶりな言葉も書いてきたし。夫ある身であっても期待に嘘はつけない。

お互いの生活圏外の駅で待ち合わせをした。

白のきれいなワンピース。春先だし、こんなカワイイの着たらなんかウキウキしちゃう。

学生時代の友達に会ってくるって夫に言い訳しながら家を出てきた。

わたしってちゃんと嘘がつけるのね、って今更知ったよ。

改札を出たところに彼がいるのが見えて、わたしはわずかに足を早める。

彼がかけるサングラスの光が眩しい。

あの奥からわたしは見られている、見つめられている。

彼の車に乗り、川沿いの景色のきれいなところをドライブする。

菜の花の黄色が新緑に映えてキラキラしてる。

お天気がいいから、なんかみんな輝いてるみたい。

彼がしゃべるのは給料が上がるから転職したとか、

そろそろ生命保険に入ろうかどうか迷っているとか、

新車を買ったローンがまだまだ残っているとか、

そんなすっかり立派な大人の生活じみた話ばっかり。

そうよね、わたしたちってもうそういう年齢ね。

最初に付き合った頃の子供じみた毎日じゃないよ、慶もわたしも。

ウチだって、住宅ローンがあと三十年残っている。

最近、親も体調が悪くなってきたみたいで心配だし。

楽観的ばかりじゃいられない毎日よ。それもわたしの現実。

湖畔の店でランチ。朝早く出てきたからすっかりお腹も空いていた。

可愛らしいイタリアン。

カンツォーネの大きな料理が出てきてちょっと戸惑ったけど、

慶が何とか取り分けてくれた。ありがとう、慶。

なんだか彼と初デートしたときのドキドキを思い出してちょっと笑っちゃった。

食事の後、公園の並木を散歩していたら春風に飛ばされて遅咲きの桜が吹雪になった。

「雨?いや、桜が散ってる。

桜の雨だから傘さして歩かなくちゃ。せっかくの白い服が汚れちゃう」

彼が気遣って車から傘を取ってきてくれた。ちょっと大袈裟かなって思ったけど。

お互い夕方までに家へ帰らなくちゃいけないから焦っていたみたい。

一本の傘を言い訳に寄り添っていたら彼に手を握られて、そのままそっと抱き締められた。

襟元からの春草の匂い。わたしは逆らえない。

この人が好きなの。愛されたいって身体が疼くの。

「――ずっと愛してた。あなたは一生の特別な女性」

身勝手なセリフ。耳元でそんな甘く囁かないで。

そうよ、自分から振っておいて今更それはないでしょう。

でも、嬉しいものは嬉しい。やっぱりわたしの元に戻ってきてくれたのね、慶。

もう遅いけど、まだ遅くはないわ。

車がホテルに入っていくのを他人事のように見ていた。

でもドアから手を取って出されたら後は小娘みたいに胸をドキドキさせて、

彼のリードに身を委ねる。

火のような彼の愛撫。

たまらぬ背徳感と、恋の勝利者の幻想の甘美さか、十年ぶりのセックスは燃えに燃えた。

次の逢瀬からは彼が急に水のようになった。

「この前のメールの意味は深いんだ。

――生き急いじゃうからね。不倫でしかできないよ。

――スローラブ。永遠に終わらない恋をしよう」

そう言われたのは二度目のベッドの後。

わたしには分かる気がした。

きっと慶は別れの深い痛みを知ってしまったの。

人の儚さ、人間の醜さ、それが分かってしまったから、彼なりに抵抗してみようとしたのでしょう。

壊さないように、壊れないように。

わたしは毎回早く抱き寄せられて、きつく突き上げて欲しいだけ。

でも臆病なあの人はそうはしないでしょう。

気弱な芸術家のように、繊細な愛を創り上げようとしている。

スローラブっていう考え方はわたしも同じ。

わたしも家庭ある身だから、そっちのほうが都合がいい。

単純に長続きしそうだし、慶が言うんだからそれでやってみようって思っただけかな。

本当にわたしは何でもいいのよ。

ただ愛してくれれば、ちゃんと愛してさえくれれば不満なんてないんだから。

夫に不満があるとすれば愛情の薄さだけ。

真面目に働き、生活を乱さない、そんな夫は理想的なパートナーのはずなのに

わたしのような愛情に飢えた女には物足りないだけ。

それもこれも自分が選んだ結婚相手なのに、愛って自然と冷めてゆくのね。

心と身体に正直に生きないと自分って続かないものだと思う。

それが悪い女と言われるのが不思議。

自由に愛し合えるはずの若い頃には互いすれ違ってしまった。

別れた後も機会はいくらでもあったのにタイミングが合わなかった。

それなのに二人とも結婚してしまった後に初めてちゃんと愛し合おうとしているなんて、

それもまた皮肉でいいんじゃない?

わたし、笑っちゃう。どうして今なんだろう。

どうしてあの自由な独身時代じゃなくて、

今もう「不倫」って不道徳な言葉で呼ばれてしまう時になって強く結ばれようとしているんだろう。

でもね、今はっきり感じるの。わたしたちは見えない力で互いに引き寄せられている。

まるで狂気ね、狂気。







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