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不倫心 小説「スローラブで愛して」5話

投稿日:2006年7月8日 更新日:




それからまた別の日、慶が新しいお話をしてくれた。

「京華。僕たちに似たカップルがいた。メールじゃ長くなるからこれは直接話そうと思って」

メールじゃないのは初めて。

普通に喫茶店とかじゃ無理な人だから、ベッドの中でのお話。

せっかくのデートなのに梅雨の狭間の晴天には恵まれなかった。

わたしは彼の裸の胸に頬を伏せて、目を閉じながら、耳元にそっと話しかけてもらうようにする。

「今度はどんなロマンティックなお話?ゆっくり聞かせて。外は雨だし、もったいぶっていいよ」

「あはは。京華らしい。

それじゃぁ、さっき君を愛撫したように夕方までゆっくり時間かけて話しちゃおうかな」

「歓迎!カップルっていうぐらいだからラブストーリーなんでしょ?なんか感じちゃうな~。話して」

「はいはい。それじゃ、始めるよ。これって随分昔のお話。

むかーし、むかーし、それも千八百年近く前の恋人たちのお話」

「千八百年前?すごーい」

「男性は夏侯覇っていう名前。

女性の名前はよく分かってないんだ。仮に京ちゃんってしておこうか」

「何それ?わたしじゃない?!」

「まぁまぁ、突っ込まない、突っ込まない。本当に名前は不詳なんだ」

「はいはい、黙ってま~す」

「この二人に僕たちを重ねたいよ。場所は中国、大体西暦二百年ちょいの頃ね。

これは僕の予想がかなり入っているけど、大不倫の物語」

「たまらないわ。――大不倫。いい響き」

「僕たちの大先輩ってわけだ。スローラブの始まりだって勝手に決め付けるよ。

やっぱり人って基本的な部分では何も変わらないはずだから、どれだけ昔の人でも同じはず。

僕たちのスローラブの考え方ともきっと共通しているんだ」

「うん、うん。昔にもスローラブがあったってこと?」

「スローラブもスローラブで、涙なしには話せない物語だよ。

大不倫っていっても、全然汚れた話じゃない。

いやいや、どんな純愛よりももっと深くて、もっと美しい。

これが二千年前。何ていうのか、人の根底だね」

「もう~。焦らせないで聞かせてよ~」

「はい、はい。えっと、二人は同じ屋根の下で育った一家の者同士。

兄と妹の関係っていう説もあるけど、多妻制度があったから母親は違っただろうし、

今でいう家族ってほど関係は深くない。

遠い親戚ぐらいの感覚なんだろうな、当然一緒に育てられたわけでもないし」

「うん、うん」

「まずは歴史上の事実だけを話そうか。

その女は張飛っていう男のもとに嫁いだ。

嫁いだっていうか、奪われた、っていうのが本当のところだと思う。

張飛って奴は三国志っていう有名な中国の歴史物語に出てくる豪傑ね。

劉備っていうボスの義兄弟で、剛力の荒くれ者」

「三国志かぁ~。好きだったもんね、慶って歴史」

「うん。でもね、これって三国志の新説なんだ。

このスローラブを通してふと見つけた新しい考えだよ。

こんな解釈するの、きっと僕だけしかいないって!」

「はい、はい。お続けください」

「で、夏侯覇っていう男はその劉備のライバル・曹操っていうボスの親族。

だから京ちゃんは憎き敵方の幹部に奪われてしまった可哀想な運命の女性なんだ。

敗戦の戦場で彷徨っていたところを、張飛が保護して優しく接しているうちに恋仲になった、

っていう説もあるけど、そんなわけがない。当時の女性は奪い取るものだったから、強奪ね、強奪」

「うーん、ちょっと怖い話になってきた」

「でも京ちゃんは恵まれていたんだ。

その後、劉備は蜀っていう国を建国して皇帝になった。

義兄弟である張飛の地位は当然凄く偉くなった。

張飛との間にできた娘は、劉備の息子である二代目の皇帝に嫁いだし、

言ってみれば皇后の母まで成り上がったんだよ、その京ちゃんは」

「あら?ひょっとしていい話なの?」

「そうだよ、いい話。

きっかけはどうあれ、それなりに安泰な人生を送った女性じゃないかな?

一方の夏侯覇も、曹操がまた別の魏っていう国の皇帝になったから、

皇族の一員として順調に出世した。仕事もできたらしい。仕事っていっても、戦争だけどね」

「ん?じゃ、二人は敵国同士なんじゃない。接点はないでしょ?」

「そう、ないはず。ないはずだったんだ。

ところがある日、夏侯覇のいる国にクーデーターが起こって、

皇族である夏侯覇が追放されることになった。

その時、奇しくも魏での夏侯覇の地位は、京ちゃんのいる蜀を倒すっていう重大な役目だった。

それが、クーデーターが起きたらどうしたことか、

夏侯覇はそれまでの敵国だった蜀に亡命したんだ」

「へぇ~。でもそんなの許されるの?それまで一番の敵だった先に逃げるなんて」

「いや、それがなんと彼は逆に重要なポジションを与えられ、

その後は自分が昔いた国に敵対する有力な将軍となって戦うわけ。

これってかなり意外なこと。

一族を最優先にする中国文化からすれば、

皇族が自国を捨てて、敵国に降るなんてありえないこと」

「あれ?で、それのどこがラブストーリー?

身に危険が迫ったから、それまで敵だった国でも京ちゃんだっけ、

そのコがいるから頼って逃げたってこと?」

「まぁ、みんな大体そういう風に考えるね。

でも、スローラブっていう目で見てみよう。

思い切って、夏侯覇とその京ちゃんは昔想い合った仲だと思ってみたらどう?

お互い好きだったのに、運命の悪戯で張飛に奪い取られてしまって、

別々の人生を歩むことになってしまった恋人たち。そうしたら全てが一本の線でつながってくる」

「へぇ~。興味あるなぁ~」

「だから僕は空想で結び付けてみたんだ。

その頃には夏侯覇も60近くのいい歳で、夏侯家という名門皇族の家長になっていた。

そんな地位の男が家を捨てて敵国に走るんだよ。

いくら自分の命が危ういといっても、普通できることじゃない。

断崖絶壁から飛び降りるような、火事の現場に突進するような思い切り方だよ。

普通ならクーデターを起こした奴と戦って、少なくとも家名に反逆者っていう

汚名だけは付けないように戦死するとか、そういうことになるだろう。

やっぱりそこには何らかの重い理由があったと思う」

「うん、うん。戦争の時代って大体そういう考え方なんでしょ」

「そうだね。だからこの行動は不思議過ぎるんだ。

いつかも言ったろう?愛が人を突き動かすんだよ。

こんなに極端な行動だ、きっと裏には愛が流れている。

人間幾つになっても変わらない。愛が人を動かすんだ。

確実な死が直前に迫ってくるのを見て、だったら立場もプライドも全部捨てて、

昔諦めたはずの愛に生きようと決意したんじゃないかな。

夏侯覇の長年の愛が堰を切って流れ出して、彼を敵国に走らせたんだと思う」

「へぇ~。凄い推理」

「夏侯覇はまだ恵まれていたんだろうな。普通の人じゃそんな行動は許されない。

まぁクーデター勢力に捕まったら殺されるっていうのは蜀の誰にでも分かる状況だったし、

何しろそれまでのポジションが良かった。魏の対蜀軍のトップだよ。

重大な機密も当然知っていただろうし、しかも皇后の母とも血が繋がっていた。

本当に稀なケースだろうね。

だから世間的にありえないはずの行動も、割合抵抗なく受け入れられた。

でも実はその裏に愛が動いていたとしたら?これは永遠のミステリーだ」

「でもその女性もいいおばさんになっていて、夫もいたんでしょ?」

「夫はもう亡くなっていたね。まぁ、年は関係ないよ。セックスだけが愛じゃない」

「そっか。しかし、随分長かったスローラブね」

「ホント。時の流れで叶わなかったスローラブにも、ようやく機会が来たってことだね。

まさか夏侯覇だってそれから自分の国の皇后の母と

不倫に陥ったわけじゃないだろうし、まぁお互いもういい年齢になっていたから、

ただ近付けただけで満足だったんじゃないかな」

「数十年ぶりの再会かぁ。ロマンティックを通り過ごして悲劇ねぇ。

映画とかにしたら涙ボロボロよ」

「涙ボロボロ。愛情ダラダラ。あー、そう考えると僕たちは幸せだよ」

「いつか離れ離れになっても、必ずまたわたしの元に帰ってきて、慶――とかね!」

「あぁ。どれだけ時が流れてもいつかまたあなたを抱きにいくよ、京華――と!」

「あはっ。ありがと。付き合ってくれて。とっても素敵なお話」

「儚いものだからね。時の流れがどう動くか誰にも分からない。

だから許されるうちにいっぱいセックスしよう。汗まみれになってもセックスしよう。

いっぱい愛し合って愛を感じよう、京華」

「慶。愛をこの身体に刻み付けて。まだまだ足りてないわよ。わたしの愛は底なしだから」

――次の行為の前のこんな会話。

慶の人となりが分かるようなお話でしょ?

あの人は生来のロマンティスト。実は愛に生きている人。

その心の愛をもっとわたしに絡めて、愛の幻を作り上げて欲しいの。

ただ愛して、遠慮なく、躊躇なく。







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