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親と子供 小説「優しい肌のように」2話

投稿日:2004年4月8日 更新日:




あぁ、懐かしい記憶。

あの頃の僕は本当に昔の彼女を愛していたのだと今になってようやく分かる。

あの目だ。

結衣に対する今の愛情と同じぐらいのものを、あの日の僕は彼女にぶつけていた。

心の通った無償の愛。

大きな時間が流れた今だからこそ、それが鮮明に映し出されてくる。

幻の初恋と、妻との毎日の愛情。

ちょうどふたつは相反する磁石のように対局で存在し、

決して交わることはないのに、その極点の眩しさがずっと僕を迷わせていた。

解決できない追憶であり、痛みである。

どうすることもできない無意味な悩みである。

なんで、なんでこんなの思い出すのだ?

僕の今は結衣であり、妻であるのに。

通り過ぎた思い出はもうどうすることもできないのに。

心から愛する結衣を見ている自分自身に、過去の思い出を重ねられても困る。

歓迎できない悪戯だ。

ふと、結衣の音が聞こえた。

「マンママ」のような音を発している、それも汚れのない目で僕を見つめて。

――結衣ちゃん!

その目が可愛くて、可愛くて結衣を抱き締めていた。

――あぁ、結衣。結衣。

まとわりついた僕の髪の毛をひっぱりながら暴れている娘がいとおしくて、

僕は僕の両目に愛情をたっぷりと注ぎ込ませて、結衣のことを見た。

確かにそうだよ。この自分の目には過去に出逢ったことがある。

昔の彼女を愛していた時の目だよ。間違いない、確かにこの目だ。

「結衣ちゃん、パパだよ」

結衣を優しい両目で包み込む。愛情の目で抱き締める。

「パパパ」

結衣の声。僕のことをまっすぐ見る、丸くて大きくて透き通った目。

宝物。宝石。僕の太陽。我が家の太陽。

――僕は生きてゆける。この子とならやってゆける。

僕はそう思う。

結衣ちゃん。

パパはね、ママと二人で協力して君のことをこの世に創り出したつもりだった。

パパとママの成長の成果が君だって、そういうつもりだった。

だが、それは違うようだね。

君の出生と共に、僕はゼロから再生する。

過去の決定的な思い出や大小様々な傷跡も、今は君の笑顔に無力化されてしまったのだ。

君の成長と共に、僕もまた成長してゆく。

この目を君が取り戻させてくれた。

もう忘れていた純粋さを思い出させてくれた。

僕は君と一緒に成長してゆこう。

君はこれから大きくなり、少女を経て大人の女性へと花を開かすことだろう。

そして、君が一人前の女性に育った頃には僕もまた成長し、

二回目の大人を迎えているだろう。

自分の子供であるという以上に、結衣ちゃんの存在は至らぬ僕を支え、再生してくれる。

子供は親に育てられるだなんてとんでもない。

僕のような親は子供の存在に育てられるのだ。

――玄関のドアが開く音。

妻が帰ってきた。

僕は歓迎の意味を込めて、結衣と玄関まで一緒に行こうと思った。

そうだ、成長段階の家族が離れ離れになってはいけないんだ。

結婚以来、僕にはずっと解決できないことがあった。

昔の思い出たちが、眩しいところだけをやけに主張して、

今更ながら僕に昔話を語りかけてくるのだ。

それは、ただ懐かしいから輝いているのではなく、

清濁を飲み合わせて全てを許してくれる時の流れに優しく彩られているからこそなのだが、

問題の根本的な解決や不信の原因を追及した結果ではなく、

ただ時間のカーテンにごまかされて美しく化けているだけなのだ。

きっとあれと同じ状況に今の自分が対面したところで結論は変わらなく、

同じ過ちを繰り返すだけなのだろうが、どうしてか、

愚かな僕には昔の思い出たちがやけに眩しく感じられてきた。

好きになった相手にこそ、嫌いという感情が生まれてしまう。

一緒になると、途端にその人の魅力は目に届かないようになり、

隣の芝生ばかりが青く見えてしまう。

傍から見て自分や自分の周りで輝く光にはどうしても気が付かない。

過ぎたことばかりが悔やまれて、追憶にすがって生きている。

近寄っては離れたくなり、離れては再度近寄りたくなる。

白砂の浜辺に寄っては引く波のように、現れては消え、また消えては現れるのだ。

その繰り返しの中で、波に翻弄される珊瑚の小さなかけらが

転がっては乾いた音を立てる。

この音が、思い出と呼ばれる一瞬の閃光だ。

終わりなく繰り返される、意味があり、またそうではないもの。

この繰り返しに考える意味は不要だ。

どちらでも正解であるのだから。

初恋のまま成功した人たちが羨ましい。

だが、きっとそれはそれで違う音が聞こえるのだろう。

そうだ、やはり違うよね。結局、思い出自体が優しいのではなく、

それをオブラート状に包む時間の流れが優しくみせているだけなのだ。

過去は過去の優しい時間があったが、今は今の大切な時間がある。

今の僕を照らしてくれる結衣ちゃんの目はもっと優しい。

たった一瞬の迷い。有意義だが、やはり無用な迷いだった。

――僕は優しくなろう。結衣の肌のように、結衣の目のように優しくなろう。







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